単行本「ザ・レフトーUK左翼セレブ列伝」を読んで
12月25日夕刊で取り上げた単行本「つながった世界-僕のじゃがたら物語」(Pヴァイン発行)。編集を手がけたのは、音楽サイト「ele-king」編集長の野田努さん(静岡市出身)です。同サイトの単行本シリーズ「ele-king books」は、同時期に他2冊を発刊しました。ここではそのうちの1冊、「ザ・レフトーUK左翼セレブ列伝」を紹介しましょう。音楽や映画など英国文化が大好きな方なら、きっと楽しめる内容です。(橋)
著者は1996年から英国ブライトンに住む、保育士兼ライターのブレイディみかこさん。本書は12人の英国セレブの発言や振る舞いを通じて、英国大衆文化における「左翼」の意味を考えます。
こう書くと、とても大仰な内容に思えますが、「ゴシップ書きが本業」という著者の文体はとても軽妙。「興味本位」の視線を忘れずに、でも深く思考することも忘れないという絶妙なスタンスで書かれています。この書きっぷりが、本書の最大の美点です。
英国文化好きならおなじみの面々ですが、「今、こんなことをしているんだ」という驚きが満載。例えば、映画監督ケン・ローチが「レフト・ユニティー」なる政党を立ち上げていたことを、どれだけの日本人が知っていたでしょうか。
もう一人。なんと元ハッピー・マンデーズでマラカスを振っていたベズも別の政党を立ち上げているそうです。この本によれば、政党名は「リアリティー党」。発足の記者会見はマンチェスターのパブだったそうで。いかにもこの人らしいというか・・・。
その政策(主張?)を引用させていただくと・・・。
「フリー・フード、フリー・ウォーター、フリー・エネルギー、フリー・トランスポート。国民が生きるにあたって最低限必要なものは全て無料にすべきだ」
なかなかアナーキーですが、ブレイディさんは1945年に制度化されたNHS(無料の国家医療制度)が存在していることを例に挙げ、「『政府や国家には、やってやれないということはないのだ』ということを歴史的経験から知っているのがUKではないか」と考察します。この視点、今の日本に決定的に欠けているものではないでしょうか。
他の登場人物はモリッシー、ビリー・ブラッグといった「いかにも」な方々や、ローワン・アトキンソン、J・K・ローリング、ダニー・ボイルら。ジャンルレスな顔ぶれです。
われわれ日本人は往々にして、「階級社会」という視点だけで英国社会を理解したつもりになっている節があります。「労働者階級がのし上がるには、ロックスターかフットボールの名プレーヤーになるしかないらしいよ」といったような。
しかし本書は、セレブたちの発言や行動を通して、「左翼的」あるいは「右翼的」であり続けることが難しい、現在の英国社会の複雑さを浮き彫りにします。
移民やセクシャルマイノリティー、スコットランド独立に代表される地域自治の問題など、本書に描かれている対立軸は、近い将来の日本を暗示しているように思えてなりません。
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