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一生懸命な仕事ぶりを「汗水たらして」ってダメですか? 先進諸国では“異端”だそうです。

「ミカン、いっぺんに3個も4個も食べないで。健康にいいけど過ぎたるは…でしょ」

夕食後の妻との会話。「分かっていますよ」と聞こえないようにつぶやき、3個目をそっとかごに戻した。農協の直売所で妻が買い求めてくれた品は少し傷があったり、でこぼこだったりしているけれど、強めの酸味と甘みのバランスが秀逸で、すこぶる美味。袋に生産農家の名前があり、「私が手塩にかけて生産しました」と誇らしげに見えました。

中学生の頃、ミカン農家の畑仕事を体験し、重労働に驚いた記憶があります。今は機械化が進んでいるとはいえ、食卓に届くまでの農家の苦労は相当なもの。感謝を忘れてはなりません。

「働く」ということ。一生懸命に仕事に励む人を「汗水たらして」と形容します。ところが、最近アラ還の私は驚きました。先進諸国の中で、汗水たらす働き方は“異端”だと識者が語っていました。

例えば米国。開拓した市場に資する「労働力」や「経営資源」を効率よく使いこなす能力こそが称賛されるというのです。それって、汗水たらす人を使い倒す能力ってこと? 起業した人の多くは「一旗揚げて」の先の、「早くビジネスの一線から退く」「老後を豊かに暮らす」ことが大目標だとか。

そんなことを考えながら見たSBSテレビのドラマ『不適切にもほどがある!』は心に響きました。タイムマシンで令和に放り込まれた主人公が生活していたのは元号が昭和から平成に変わる直前の1986年。自分が就職した年だったこともあり、当時の生活風景の再現に「そうそう、こうだった」の連続です。入社して間もなくバブル経済が崩れ始め、後に「失われた30年」と称される停滞期に突入しました。

ドラマは、現代では口にするのもはばかられる発言をちりばめ、面白おかしく時代のギャップを描いています。ただ、作家がそこに込めた思いは、必死に働くことで働き甲斐を見出してきた自らの生き方と、コンプライアンス重視の働き方改革にがんじがらめにされている、いや「がんじがらめにしている」世代とのギャップであり苦悶だと、私は受け止めました。

平成は阪神・淡路、東日本などの大地震や、地球温暖化が絡む大規模自然災害が頻発。オウム真理教事件、米同時多発テロが勃発し、自民党から民主党への政権交代がありました。リーマン・ショックがあり株価は長期低迷。一方、Yahoo!JAPANがサービスを開始し、米国ではGoogleが設立され、日本でもiPhoneの販売が始まり、デジタル化のうねりが起き始めました。戦後、汗水たらして働き、高度経済成長を成し遂げた先人の価値観は、さまざまな出来事とともに変化・多様化してきました。

年功序列の終身雇用制度では、幹部人材やリーダーは「育てる」ものでした。入社式で新入社員に「幹部候補生だ」と語り掛けるのは最大の期待感の表明でした。しかし、令和の若者は転職しながらキャリアを高める考え方が特別でなくなり、幹部候補生の言葉の受け止め方はさまざまでしょう。

資料を抱え、靴底を減らしてお得意回り-。そんな働き方とは対極の、汗水たらすより「目の渇き」に耐えながらスマホとパソコンを駆使し、顧客満足度を高める知恵と高いプレゼンの能力を磨くことで若者は日々、自分の価値を高めています。「勘と経験と度胸」とは対極の世界観があります。

さて、食卓のミカン。どんなにAIが進展しようとも、段々畑のミカンは手作業を抜きに育て上げることは難しい。お茶もワサビも同様です。大地の声を聴きながら、伝承してきた知恵と技をつないでいかなければ持続できません。あらゆる農作物を、消費地に近い大規模工場で生産できる日が来るかもしれません。でも、農業生産で「汗水たらして」を死語にした途端、地域の特産品は風前の灯火です。同じ味の、同じ成分の食べ物が口に入ればいいと考えるなら食卓の風景は様変わりし、会話はしぼんでいくでしょう。

ヒト、モノ、カネ、情報を差配する経営者を崇拝し、汗水たらして働く人をないがしろにすれば人間社会はモノトーンの空虚な世界になりませんか。皆が支え合い、互いを尊重し、働くことが生きがいになる社会。会話し、笑い、励まし、時に悲しみを共にする社会。食と健康の未来に絶望せず、明日は今日よりきっと良くなると希望が持てる社会にしたい。みんなで考えてみませんか。

アラ還、変言自在

「アラサー」という言葉が雑誌に登場したのは20年も前。アラウンド・サーティ(around thirty=おおよそ30歳)を意味する和製英語で、自由奔放が許容された若者が本格的に大人社会に仲間入りする世代を表現しました。こうした表現は増殖し、40歳前後を「アラフォー」、50歳前後を「アラフィフ」と称します。

このコラムのタイトルにある「アラ還」はアラウンド還暦で60歳前後。還暦は定年による人生の転機を意味してきましたが、超高齢社会の労働力不足は悠々自適な生活への憧れを木っ端微塵に打ち砕きました。

高齢世代は「デジタル弱者」と言われますが、ご同輩はいかがですか。家族にスマホの操作を教わりながら、デジタル社会のうねりの中でそれなりに暮らし、デジタルスキルを高めていることでしょう。ゆえに、有り余る時間を手にした「スーパー・デジタル・シニア世代」が社会を席巻する日はすぐそこ。シニアをデジタル弱者と決め付けたら、この国の政治や行政は痛い目に遭うこと間違いなし。現役と後期高齢世代をつなぐ「アラ還」だからこその立ち位置で暮らしを見つめ、「変幻自在」改め、「変言自在」に考えるきっかけをお届けします。


中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。

静岡新聞SBS有志による、”完全個人発信型コンテンツ”。既存の新聞・テレビ・ラジオでは報道しないネタから、偏愛する◯◯の話まで、ノンジャンルで取り上げます。読んでおくと、いつか何かの役に立つ……かも、しれません。お暇つぶしにどうぞ!

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