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ジュビロ磐田や清水エスパルスで活躍した古賀琢磨さんの次女、実は紅白に出場した「リトグリ」のメンバーだった!

SBSラジオの静岡サッカー熱血応援番組「ヒデとキトーのFooTALK!」に、ジュビロ磐田や清水エスパルスでプレーし、現在は静岡県サッカー協会のFAコーチ、ユースダイレクターを務める古賀琢磨さんをお招きしました。聞き手はパーソナリティのペナルティ・ヒデさんと鬼頭里枝さん。

清水東高校にあこがれて…

鬼頭:古賀さんのキャリアを紹介します。1969年、静岡市清水区生まれ。清水東高校から順天堂大学に進学。卒業後はヤマハ発動機でディフェンダーとして活躍し、ジュビロ磐田へとプロ化するチームの創成期を支えました。その後、清水エスパルス、セレッソ大阪でもプレー。2003年の引退後は海外のユース世代の代表監督などを務め、現在は静岡県サッカー協会でFAコーチ、ユースダイレクターを務めています。

やっぱり清水といえばサッカーをやっていて当たり前の地域。いつ頃からどういうきっかけで始めたんですか。

古賀:僕は小学校1年生から。三保第二小学校で学校の先生がサッカー部に勧誘していたので、やると決めました。

鬼頭:清水東高時代はほかにどんな選手がいましたか。

古賀:僕が1年の時、3年生に武田修宏さんがいました。

鬼頭:スーパーな時代じゃないですか。

古賀:強かった頃の最後ぐらい、と言ったらいいんですかね。

鬼頭:選手権には出ていない世代ですか。

古賀:僕は出てないです。僕の高校時代は、清水商業高校と東海大第一高校(現東海大翔洋高校)が優勝。3年生の時に東海第一高校と国見高校(長崎県)の決勝で国見が優勝したんです。

ヒデ:この静岡を勝ち抜くことがいかに大変なのかということ。

鬼頭:なぜ清水東高校に?

古賀:やっぱり憧れが強かったからです。

ドゥンガ氏の愛情表現

鬼頭:Jリーグができて1年後、磐田はJリーグに参入しました。

古賀:周りがすごい選手ばかりだったので、あの頃のジュビロにいられて良かったなと思います。

ヒデ:特にプロだなと思った方は。

古賀:スキラッチやファネンブルグ、ドゥンガ。トップオブトップのプロと一緒にプレーできたことはすごく貴重な財産だったなと思います。

鬼頭:あの当時、ジュビロ磐田はどんな雰囲気だったんですか。

古賀:年は関係なく、お互いのレベルを高め合っていました。

鬼頭:特に親しかった選手は。

古賀:みんなと仲良かったですが、藤田俊哉や山西尊裕とかですね。

鬼頭:先日の中継の時に、ドゥンガさんが怖いという話で盛り上がったんですよ。ちなみに、どう怖いんですか。

古賀:怖いというか、厳しかったですね。やっぱりプロなので、勝つことが大事だし、勝つことで報酬も増えるし、自分の評価も上がる。そういうことを伝えてくれたので、それが彼なりの愛情表現だったのかなと思っています。

なぜ“禁断の移籍”?

鬼頭:2000年にジュビロからエスパルスに移籍しました。

ヒデ:我々サッカー人間としては、とてつもないことですよ。「ちょっと待って、磐田から清水?」みたいな。

古賀:僕自身、99年にあまり試合に出られてなかったんですよ。すごく悩みましたが、監督にも「チャレンジしたいので」と言って移籍させてもらったんですよ。

ヒデ:清水は地元ですから、ユニフォームに袖を通した時は感慨深いものがありましたか。

古賀:地元なので嬉しかったですね。

鬼頭:そして2003年に現役引退。ここからシンガポール、東ティモール、上海、ミャンマーのユースチームの監督を務めました。

ヒデ:結構渡り歩いているなという印象です。どういう経緯でシンガポールや東ティモールに行かれたんですか。

古賀:日本サッカー協会の指導者海外派遣で行かせてもらいました。募集があったので手を挙げました。

ヒデ:サッカーが盛んなんだろうなというイメージはありますが…。

古賀:どの国にもポテンシャルのある選手はいたので、順調に育ってほしいなと思っていました。

ヒデ:文化の違いで大変だったことはありましたか。

古賀:ティモールはちょっとルーズでした。それはそれで指導するところもありつつ、文化を受け入れつつ。

子どもたちよ、武器を持て

鬼頭:現在は静岡県のサッカー協会FAコーチ、ユースダイレクターを務めていらっしゃいます。具体的にどんなお仕事をどんなところでやってるんですか。

古賀:指導者養成から選手育成、普及など、静岡のサッカーが良くなるように毎日活動しています。小中高年代ですね。逆にプロはそれほど関わりはないです。

ヒデ:子どもたちは上手いでしょ?

古賀:全体のアベレージは間違いなく上がっていると思います。ただ、上手いんですが、武器を持った選手がちょっと少ないのかなと感じます。

ヒデ:お笑いと一緒ですね。みんな上手いんですよ。上手いけど、濃い色を発している人間が少ない。

「Little Glee Monster」の…

鬼頭:リスナーから。「古賀さん、お子さんの幼稚園のお迎えにいらっしゃるなど、大変子煩悩なお父様でしたよ」というパーソナル情報も入ってまいりました。

ヒデ:お子さんは何人いらっしゃるんですか。

古賀:娘が2人います。

ヒデ:おいくつですか。

古賀:29歳と25歳です。

鬼頭:なんとその娘さんのお1人が、「Little Glee Monster」、通称「リトグリ」のメンバー、かれんさんなんですね。

ヒデ:え!うちの兄貴がめちゃくちゃライブに行っていますよ。

鬼頭:私は浜松出身なので、リトグリのメンバーに静岡出身の子がいるってすごく盛り上がっていたんです。まさかその方が古賀さんの娘さんだとは。全然結びつかなかったです。

ヒデ:でもグリーンは駄目じゃないですか。「リトルサックスブルーモンスター」か「リトルオレンジモンスター」じゃないと。

鬼頭:いや「Green(グリーン)」じゃなくて、「Glee(グリー)」ですよ(笑)。

ヒデ:ごめんな、俺知らなくて。ただ兄貴は本当にファンなのでめちゃくちゃ喜ぶと思いますよ。

鬼頭:若くして音楽の世界に行くことには反対されなかったですか。

古賀:彼女の人生なので、それは全然ないですよ。

鬼頭:ライブを観に行かれることもあるんですか? 

古賀:行けるときは行かせてもらっています。

鬼頭:最後に。静岡サッカーを愛するリスナーにメッセージを。

古賀:静岡の皆さんは目が肥えていて、厳しい目で見てくれていると思います。今後の静岡のサッカーが良くなるように頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
シズサカ シズサカ

サッカー大好き芸人、ペナルティ・ヒデと、サッカー中継のリポーターとしても活躍する鬼頭里枝の2人がお送りする番組。Jリーグから海外サッカー、ユース世代、障がい者サッカーなど幅広くスポットを当て、サッカーを通して静岡を盛り上げます。目指すは「サッカー王国静岡の復権」です!

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