【フォーカス年金改革】「昭和の遺制」見直しなるか 遺族厚生年金や加給年金、受給に男女差、専業主婦想定

 公的年金制度を巡り、男女で異なる遺族年金の受給要件や、専業主婦世帯を想定した上乗せ支給など、時代にそぐわない仕組みを見直す動きが出てきた。次の年金制度改正は2年後の2025年。夫が家計収入を担い、妻は家事に専念するといった旧来の世帯モデルを前提とした「昭和の遺制」が見直しの焦点だ。(共同通信編集委員 内田泰)

東京都内で開かれた社会保障審議会年金部会=2023年5月8日
東京都内で開かれた社会保障審議会年金部会=2023年5月8日
日本総研の高橋俊之特任研究員
日本総研の高橋俊之特任研究員
東京都内で開かれた社会保障審議会年金部会=2023年5月8日
日本総研の高橋俊之特任研究員


 ▽社会の変化

 「遺族厚生年金の受給要件には男女差があり、解消に取り組む必要がある」。

 3月28日、東京都内で開かれた社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)の年金部会。委員の嵩(だけ)さやか・東北大大学院教授が指摘した。

 現行制度では、遺族が妻だと何歳であっても遺族厚生年金を受け取れるのに対し、夫が遺族の場合は「妻の死亡時に55歳以上」という年齢要件がある上、受給開始は60歳以降となる。「男女差」とは、昭和時代から続くこの規定を指す。

 妻への支給が手厚いのは、制度発足時は女性の安定雇用の場が少なく、夫に先立たれると生活に窮する恐れが大きかったためだ。

 だが働く環境が整った現在では、女性が就業して納めてきた保険料が死亡時に夫ら遺族への支給に結びつきにくいのは不合理とも言える。ほかの委員からも「社会の変化に合わせて見直しを」との声が上がった。

 年金制度はほぼ5年おきに改正されるが、議論の中心は老齢年金に偏り、遺族年金は置き去りにされがちだった。

 遺族基礎年金については、支給が母子家庭に限られていたのを、2014年施行の改正で父子家庭に対象を広げて男女差解消の一歩となったが、その後は手つかずとなっている。
 ▽人手不足も背景

 これまでの年金部会では遺族厚生年金について、立教大教授の島村暁代(しまむら・あきよ)委員が、原則的に終身で支給されているのを改め「有期の形に特化するのも一案」と踏み込んだ。

 夫婦に子どもがいない場合には、配偶者の死亡直後の生活再建に要する一定期間に支給を限定する発想だ。仮に有期化するとなれば「5年程度では」と別の委員はみる。

 また、一定の要件を満たす遺族厚生年金の受給者である妻に対し、40歳から65歳になるまで上乗せ支給する「中高齢寡婦加算」(1985年の制度改正で導入)についても、大和総研主任研究員の是枝俊悟(これえだ・しゅんご)委員が「残しておく必要があるのか」と疑問視。

 現在の20~30代の既婚女性は正規雇用割合が高く、中高齢期の所得保障を手厚くする必要性は薄まっていくとみられるからだ。

 遺族厚生年金の見直しに今回焦点が当たっているのは、女性の就業環境が改善し共働き世帯が増えたことに加え、労働市場の人手不足の深刻さも背景にある。

 配偶者と死別しても年金に頼って暮らすのではなく、労働参加して制度の「支え手」になってほしいという考え方が強まっている。

 ▽年齢差による不公平

 「遺制」見直しを求める声は遺族厚生年金に限らない。社会保険労務士の原佳奈子(はら・かなこ)委員は老齢厚生年金の「配偶者加給年金」の廃止を訴えた。

 加給年金は、65歳未満の配偶者がいる受給者の厚生年金に年約40万円(特別加算を含む)を上乗せ支給する。昭和20年代末の1954年に創設された。

 加給年金の支給対象は性別を問うものではないが、創設時に多かった専業主婦世帯を念頭に、いわば「年金制度の扶養手当」として家計収入を補う目的で制度設計されている。

 1985年改正以降は、妻が年下の場合しか受給できなくなった。

 原委員は5月8日の部会で「夫婦の年齢差によって支給の有無や支給期間の長短が決まる制度。公平性の観点からも見直すべきだ」と指摘した。

 いずれも有識者委員によるフリートークで、厚労省としての見解は示されていないが、一連の発言は次の制度改正に反映される公算が大きい。


 ▽専門家は語る「片働き前提、改めるべきだ」
 厚生労働省年金局長を2022年6月まで3年間務めた日本総研の高橋俊之(たかはし・としゆき)特任研究員

 男性が主たる家計の担い手という「片働き世帯」を前提にした制度は改めるべきだ。

 遺族厚生年金は、男女雇用機会均等法ができる前の時代の社会状況、雇用環境を基に制度設計されており、共働きが主流になった今の社会と合っていない。

 妻の収入が高い場合や、夫婦ともに低賃金の非正規雇用というケースでは、妻を亡くした夫は困窮しかねない。遺族厚生年金の男女差は早く解消したい。

 ただ、高齢期の遺族には配慮が必要だ。現役時代の就労期間や賃金が低く、自分の老齢厚生年金が少ない人には、遺族厚生年金による所得保障は大事だ。

 一方、配偶者加給年金は典型的な昭和モデルの制度であり、65歳までの就労が一般的な現在では廃止が望ましい。

 また専業主婦ら国民年金の「第3号被保険者」について、自らの保険料負担なしで基礎年金を受け取れるとして、昭和の名残の仕組みだと言う人もいるが、病気や子育てなどで働くのが難しい人も多く、今の時代でも意味がある。

 厚生年金の適用拡大を徹底すれば、3号は実質的に減っていく。

▽言葉解説(1)「遺族厚生年金」

 会社員や公務員が入る厚生年金で、加入者や受給者が死亡した場合、亡くなった人に生計を維持されていた遺族に支給される。

 配偶者と子ども、父母、孫、祖父母のうち、先順位の遺族が対象。支給額は原則、死亡した人が加入期間に応じて受け取るはずだった厚生年金(報酬比例部分)の4分の3。受給者は2022年3月末現在で約573万人。

▽言葉解説(2)「中高齢寡婦加算」

 子どものいない妻には遺族基礎年金が支給されないことから、40歳から65歳になるまでの間、生活を援助するため遺族厚生年金に上乗せ支給する仕組み。

 加算額は年59万6300円(2023年度)。夫の死亡時に40歳以上65歳未満で子どものいない妻が主な対象。子どもが成長して遺族基礎年金の受給権がなくなった妻に支給される場合もある。

▽言葉解説(3)「配偶者加給年金」

 厚生年金加入期間が20年以上ある人が65歳になった時、生計を維持する65歳未満の配偶者がいる場合、通常の老齢厚生年金の額に上乗せして支給する。

 2023年度の基本額は年22万8700円。年齢により年最大16万8800円の特別加算がある。配偶者が65歳に達すると、加給年金の代わりに、配偶者自身の老齢基礎年金に「振替加算」が付く。

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