【東川篤哉さん】ミステリーなのに「笑わせるものしか書けない」 「謎解きは…」で本屋大賞、脱力系作家の尽きない不安

 「謎解きはディナーのあとで」で本屋大賞に輝き、ユーモアミステリーの第一人者として知られる作家の東川篤哉さん(56)。新刊の「博士はオカルトを信じない」(ポプラ社)は、これまでで最も低い年齢層の読者を意識したという。ただ侮るなかれ、登場人物たちのコミカルな掛け合いでくすりと笑わせつつも、トリックと謎解きの論理はしっかりと筋の通った本格派の作品だ。「初めてミステリーを読む人の入り口になってくれたら」と語るが、その表情はどこか不安げで…?(共同通信=平川翔)

2011年4月、「謎解きはディナーのあとで」で本屋大賞を受賞し、全国の書店員に囲まれた作家の東川篤哉さん(中央)=東京都港区元赤坂の明治記念館
2011年4月、「謎解きはディナーのあとで」で本屋大賞を受賞し、全国の書店員に囲まれた作家の東川篤哉さん(中央)=東京都港区元赤坂の明治記念館
2011年に本屋大賞を受賞した東川篤哉さん
2011年に本屋大賞を受賞した東川篤哉さん
「博士はオカルトを信じない」を刊行した東川篤哉さん=東京都千代田区
「博士はオカルトを信じない」を刊行した東川篤哉さん=東京都千代田区
「名探偵がいる世界を描く本格ミステリーは、ある種のファンタジーなんです」と話す東川篤哉さん
「名探偵がいる世界を描く本格ミステリーは、ある種のファンタジーなんです」と話す東川篤哉さん
東川篤哉さん
東川篤哉さん
2011年4月、「謎解きはディナーのあとで」で本屋大賞を受賞し、全国の書店員に囲まれた作家の東川篤哉さん(中央)=東京都港区元赤坂の明治記念館
2011年に本屋大賞を受賞した東川篤哉さん
「博士はオカルトを信じない」を刊行した東川篤哉さん=東京都千代田区
「名探偵がいる世界を描く本格ミステリーは、ある種のファンタジーなんです」と話す東川篤哉さん
東川篤哉さん

 ▽某有名シリーズとかぶっている?
 今回、子どもの読者を意識したのは、版元が「かいけつゾロリ」などで知られるポプラ社だったから。「『名探偵ホームズ』や『怪盗ルパン』のシリーズを思い出したんですよね。子どもが読むミステリーの出版社というイメージだったんです」。そんな出発点から生まれた主人公は、オカルト好きの中学2年生の丘晴人だ。
 「平凡を集めてできたような街」で、両親は探偵事務所を営んでいる。幽霊がやったとしか思えないような出来事が相次ぎ、父の登が推理を試みるが、空振りばかり。そんな時、晴人は「美人発明家」で「天才博士」を自ら名乗る暁ヒカルと出会い、共に真相究明に乗り出すのだった―。
 「ミステリーの初心者が読むことを想定して、マニアックな設定にならないように気をつけました。子ども向けを意識した分、大人向けではなかなか書けないトリック勝負の王道な作品に挑戦できたと思います」
 「オカルトを見破るのは科学者だろうということで、登場させたのがヒカルです。けど考えてみたら、東野圭吾さんのガリレオシリーズ(=天才物理学者・湯川学が活躍する)とちょっとかぶっちゃってますね…」
 慌てて「そんなことないですよ!」と取材に立ち会っている編集者が止めに入る。まるで小説の中の掛け合いのようだと思ったのはここだけの話。
 連作短編で全5話を収録。各話の終盤では、ヒカルがさまざまな方法で犯人が仕掛けたトリックを再現してみせる。そんな見せ場でも、晴人とヒカル、2人の会話はコミカルなままだ。
 「わざわざ僕をここに呼んだのは、この茶番を見せるためだったんですね!」「こら、『茶番』っていうな! 検証実験と呼ばないか、検証実験と!」
 著者のお気に入りは第2話「天才博士と赤いワンピースの女」。晴人と父が双眼鏡で見張っていた一軒家に、赤いワンピース姿の女が侵入する。その後、家人の遺体が見つかり、不審な女に嫌疑がかかるのだったが…。トリックのキーワードは「一人二役」。横溝正史の作品へのオマージュを込めたのだという。
 ▽実は“脱力系”に飽きている?
 2002年のデビュー以来、ミステリー一筋。「人を怖がらせるのではなく、笑わせるものしか書けないんです」。脱力系とも評される作風には、事件発生から謎解きに至る中盤の退屈さを回避する狙いも込められていると明かす。
 ユーモアミステリーばかりを書いていて飽きることはないのだろうか? そんな意地悪な質問をぶつけてみると。
 「シリアスなものも、ミステリーじゃないものも書こうとは思わない。飽きてはいるんです。けど、ずっと同じものを書き続けるのも格好いいかなと…」
 隣にいる編集者は「え~! 飽きちゃってるんですか~?」と今にも言い出しそうな表情をしていたような、していなかったような。
 ところで東川さんの代表作といえば、「謎解きはディナーのあとで」。2011年に本屋大賞を受賞し、ドラマや映画にもなり、シリーズ累計400万部を突破したメガヒット作だ。財閥令嬢の刑事である主人公に対して探偵役の執事が言い放つ「この程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか」のせりふは、多くの人が記憶しているだろう。著者本人はこのヒットについてどのように考えているのだろうか。
 「あの頃、キャラクターの立った本格ミステリーがあまりなかったのだと思います。警察小説の流行が一段落したところで、新鮮に受け止められたのかもしれません」
 「その後は今村昌弘さんの『屍人(しじん)荘の殺人』以降、(現実ではあり得ない状況が盛り込まれた)特殊設定ミステリーがずっとブームですよね。けれど、そろそろまたリアリティー重視の作品に回帰するような気がしていて。そうすると警察小説が見直されて、ユーモアミステリーにとっては冬の時代かもしれませんね、ハハハ…」
 またすかさず編集者が「そんなことないですよ!」と勇気づける。もはやおなじみの光景だ。作中の晴人とヒカルではないけれど、一冊の本というものは、作家と版元の二人三脚で生まれるものなのだと認識させられた気がした。
 そして改めて、東川さんの「ミステリー観」について尋ねると、誠実ですてきな答えが返ってきた。
 「本格ミステリーって、名探偵のいる世界を描くという点で、既にファンタジーだと思うんです。そして今回の作品は子どもたちに本格ミステリーを読んでもらいたいという意図があって、その魅力に触れてもらえたらうれしいです」

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