癒やしのフルートで「勇気を」 視覚障害のプロ奏者・綱川さん 熱海の被災地に光 震災機に全国巡り10年

 土石流被害のあった熱海市などで音楽演奏を通じ被災者支援に取り組む盲目のプロのフルート奏者がいる。生まれつき網膜色素変性症の静岡市清水区の綱川泰典さん(45)。20代前半で視力を失った時、音楽が心の支えになったことから「自分の音色で似た境遇の人に勇気を与えたい」と語る。全国の被災地を訪れ、活動は今年で10年目を迎えた。

土石流の被災者らにフルートの音色を届ける綱川泰典さん=1月中旬、熱海市
土石流の被災者らにフルートの音色を届ける綱川泰典さん=1月中旬、熱海市

 1月中旬、熱海市のいきいきプラザの一室に綱川さんの透き通るようなフルートの音が響き渡った。耳を傾けていたのは昨年7月に同市伊豆山地区で起きた大規模土石流の被災者ら約50人。「フルートを聴いている時は災害のつらさを忘れられた」。クラシックなど7曲に聞き入りながら目に涙を浮かべる人もいた。
 綱川さんが活動を始めたきっかけは2011年の東日本大震災。発災翌年に岩手県陸前高田市を訪れ、家族や自宅を失った市民に出会った。生活再建に向けて前向きになろうとする人もいたが「心に大きな穴が開いているようだった」と振り返る。被災者から感じ取ったのは日常生活や街の風景が奪われたことへの不安や失望感。視覚障害で失明した時の自身の気持ちと重なったという。
 自分にできることはないか-。思いついたのは小学4年から続けるフルートだった。12年から福島県や岩手県をはじめ全国の被災地で開かれたコンサートに出演し、毎年のように仮設住宅や集会所などで単独演奏会を企画してきた。熱海市で土石流が発生した時も「傷ついた静岡県の人たちを少しでも癒やしたい」と現地に駆けつけた。
 復興ボランティア活動や炊き出しなど直接的な支援はできなくても、綱川さんは「演奏を聴いて喜んでくれるのが一番うれしい」と語る。「またフルートを聴きたい」「お互い頑張ろうね」。演奏後に被災者から掛けられる励ましの声が生きる原動力だ。視覚障害を抱えて落ち込んだ時期もあったが、今は災害などで苦しむ人たちに寄り添えるように日々の練習に励む。
 綱川さんは言う。「苦しい時こそ、みんなで支え合うことが大切じゃないかな」。これからもフルートで多くの人に癒やしを届けたいと心に誓う。

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