戦争のこと、どう伝えていますか② 関係者インタビュー【賛否万論】

 77回目の「原爆の日」と「終戦の日」を前に、戦争の記憶を未来にどう語り継いでいくか考えています。ロシアによるウクライナ侵攻は子どもたちと一緒に戦争について考える機会となっていますが、ショッキングな映像は子どもに悪影響を与えるとの指摘があります。平和教育の現場でも試行錯誤が続く中、「静岡平和資料館をつくる会」の田中明充さんと、県公認心理師協会災害領域支援委員長の中垣真通さんに話を聞きました。

日本トラウマティック・ストレス学会が紹介する惨事報道の視聴法
日本トラウマティック・ストレス学会が紹介する惨事報道の視聴法

 

体験者の現実 どこまで開示
静岡平和資料館をつくる会団体見学部長 田中明充さん

photo03 田中明充さん
 1944年6月生まれ。78歳。1歳になる1週間前に静岡空襲を経験した。2015年7月に、静岡市葵区の静岡平和資料センターを運営する「静岡平和資料館をつくる会」に入会。同年から学校での平和教育に取り組み、小中高生や大学生など、幅広い年代に戦禍を伝えている。

 ー子どもに見せる戦災の体験画はどのように選んでいますか。
 静岡平和資料館をつくる会に寄せられた体験画の中には、遺体を精緻に描いた絵が多数あります。中には描写力が高く、火に包まれた人の目つきが分かる作品や、焦げて内臓があらわになった作品もあります。絵は写真ほど現実味はないから活用しやすいですよ、遺体の写真では使えないですから。それだけに、選び方は迷います。子どもには残酷かもと予測する半面、私が伝えたいのはその残酷さなのだとの思いもあります。必ず先生に相談し、見せたい作品を事前に確認してもらっています。先生に「これは厳しいですね」と助言をいただき、私なりに線引きしています。

 ーウクライナ危機の報道などの影響を感じますか。
 各校に平和教育を打診して、受け入れてくれる学校を訪ねて打ち合わせをしますが、本年度は、体験画が難色を示されることが従来よりも減ったと感じています。大人たちも少なからず現地の残酷な映像に触れているため、子どもへの伝え方を巡る感覚が変化しているのでは。

 ー体験画はどのように使っていますか。
 小学生は3年から6年まで戦争をテーマにした教材があって、初めて触れるのは3年で習う「ちいちゃんのかげおくり」です。学習時期に合わせて静岡空襲について伝える場を設け、教科書の記述や挿絵の合間に静岡空襲の体験画を差し込んだスライドを見せています。語り部の高齢化やコロナ禍での活動リスクを考えると、当時の息遣いを伝える体験画は活用の価値が高まっていますし、データ化すればオンライン講義も可能です。教科書の「ちいちゃん」の挿絵は筆致が軟らかいので、静岡空襲の体験画との違いに、子どもは驚くかもしれません。

 ー自身も空襲体験者。
 私は生後11カ月でした。父は出征して不在で、母は静岡市葵区の自分の母親宅におり、おばといとこと5人暮らしでした。空襲の晩、いとことおばが先に逃げ母は祖母と避難を試みましたが、祖母は「荷物を取りに戻る」と言ったきりはぐれ、遺体は見つかりませんでした。母は猛火から逃げる際に転び、私は頭部にやけどを負いました。空襲のことを覚えてはいませんが、やけど跡が原因で戦後いじめられました。

 ー体験者は残酷な現実こそ伝える価値があると思うのでは。
 母は戦後長らく、テレビで空襲の再現ドラマがあると嫌がり、自分の体験を語りませんでした。手記を残したことを知ったのは死後です。6月20日の静岡空襲だけでも約2000人が亡くなり、生き残った多くの人だって、言葉にできないつらさを抱えてきました。体験者があの晩の記憶を掘り起こし、描いたことには相当な苦痛を伴ったはずで、「惨禍を伝えて」という願いが原動力だったはずです。子どもが残酷な映像に触れる機会が増えたことを受け、伝え方をより慎重にという機運が高まっているかもしれませんが、ハードルが下がって絵の選択肢が広がったという見方もできます。ウクライナ侵攻を境に大人がどこまで体験者の現実を“開示”すべきか。戦後世代に主軸が移った伝え手の意識が問われています。
 (聞き手=社会部・大須賀伸江)

 

悲惨映像 平和教育に逆効果 
静岡県公認心理師協会災害領域支援委員長 中垣真通さん

photo03 中垣真通さん
 1965年10月生まれ。56歳。長野県出身。大学で心理学を学んだ後、心理判定員として静岡県に採用された。県内の児童相談所や県立吉原林間学園、県健康福祉部などに勤務し、49歳で退職。現在は児童虐待に関わる自治体職員や教員に研修を行う「子どもの虹情報研修センター」(横浜市)の研修部長。静岡市清水区在住。

 ーウクライナ侵攻の衝撃的な映像から子どもを遠ざけた方がいいという声があります。
 海外のニュースを自分に引き付けて見るような子どもは少なく、ウクライナの悲惨な映像によってすぐに多くの子どもたちにストレス反応が表れるとは考えにくいです。ただ全く影響がないとは言い切れません。「世の中って怖い。世界って恐ろしい」という漠然とした不安感は与えられています。じわじわと怖い思いが蓄積され、将来影響が出てくる可能性はあります。

 ーどんな影響ですか。
 心のダメージが蓄積されれば、ショッキングなことに対して気持ちが揺れやすくなります。普通は親子の触れ合いなどの中でダメージの軽減が図られています。それができないまま、蓄積されたものの上に、いじめや両親の言い争いなど現実の問題がのしかかってくると、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状が表れることがあります。例えば、何かの拍子にフラッシュバックのように怖い体験の映像が頭の中で流れ出し、自分でコントロールができなくなってしまう。トラウマ(心的外傷)反応と言えます。

 ー東日本大震災の時も、ショッキングな映像を繰り返し見る危険性が指摘されました。
 当時は津波の映像が繰り返され、ストレートに子どもに恐怖感を与えていたと思います。ニューヨーク同時多発テロの時もインパクトの強い映像が流れ、大人も大きな衝撃を体験しました。子どもも大人も、強い衝撃を受けた時には身近な人との関わりで安心感を回復することが大切。惨事報道に触れた子どもが不安がっていたら「大丈夫だよ」とおしゃべりをしてダメージを和らげてあげてください。

 ー戦争の映像や絵をどこまで見せるか、考え方は分かれます。
 グロテスクな映像を見せて恐怖感や不安感をあおる方法は、伝えたいメッセージとずれてしまうのでは。衝撃的な映像を繰り返し見ることにメリットはなく、人の痛みへの共感や平和の大切さを教える上では逆効果だと思います。悲惨な現実を知ることは大切ですが、映像を見ていてつらくなったら、自主的に外に出られるような環境をつくってほしい。保健室など心と体のダメージを回復できる場を設けておくことも必要でしょう。

 ー平和教育に望むことは。
 終戦直後の日本は生き延びた多くの人々がPTSD症状を抱えていたと思います。大切な人を失い、思い描いた将来も失いながら、その心の痛みを誰にも打ち明けずに何十年も抱え続けてきた人が大勢いました。戦争が終わっても、心の傷は生涯にわたり人の心を苦しめるという視点もあればと思います。
 (聞き手=社会部・南部明宏)

 

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