静岡出身 水沢なおさん/実石沙枝子さん 若手詩人、作家の現在地

 ともに静岡県出身で若手の女性詩人、女性作家が10月、そろって新刊を出した。第25回中原中也賞を受けた水沢なおさん(26)=長泉町出身=の第2詩集「シー」(思潮社)と、第16回小説現代長編新人賞奨励賞に選出された実石沙枝子さん(26)=静岡市清水区=のデビュー作「きみが忘れた世界のおわり」(講談社)。同年代の二人に、言葉による表現を世に問うに至った経過を語り合ってもらった。

水沢なおさん/実石沙枝子さん
水沢なおさん/実石沙枝子さん
シー
シー
きみが忘れた世界のおわり
きみが忘れた世界のおわり
水沢なおさん/実石沙枝子さん
シー
きみが忘れた世界のおわり

 -お互いの作品を読んでの感想は?
 水沢 物語の語り手がいて、冒頭から登場人物を「きみ」と呼んでいますね。「きみ」って誰だろう、語り手とどんな関係なんだろう、と不思議に思いながら読み進めると、徐々にそれが分かってくる。世界が広がっていく感覚がありました。(主人公の)明音と蒼介はお互いに大切な存在でありながら、その関係性に名前を付けないまま生きてきた。言葉にできない関係性の美しさ、切実さにあこがれを抱きました。
 実石 ありがとうございます。わたしはこれまであまり詩に親しんでいなかったんです。だから、水沢さんの作品を読んでまず「詩の中で会話していいんだ」という驚きがありました。小説は物語や世界の在り方を明瞭に示さなくてはいけないけれど、詩は一つの言葉、一つの作品から複数の想像が膨らみます。詩集のタイトル「シー」も「彼女」や「海」の英訳かもしれないし、もしかしたら「恣意(しい)」かもしれない。読むたびに印象が異なるのが、詩の特性だと感じました。

 -お二人はこれまで、どんな文学作品に触れてきましたか?
 水沢 最初の記憶は幼稚園生の頃に読んだ「おしいれのぼうけん」(ふるたたるひ、たばたせいいち作)です。怖くて目を背けたくなるんですが、ストーリーが気になって何度も読みたくなってしまって。物語の力を感じました。小学校5年生からはインターネットに触れるようになって、バーチャルゲームの掲示板でユーザーの一人が乙一さんの作品を薦めてくれました。すごくダークな作風ですが、切なさを感じて夢中になりました。
 実石 私も小学生の頃、乙一さんが好きでした。学校の図書室の先生が「きっと好きだと思う」と言って私物を貸してくれました。正直なところ、ダークすぎて分からないところもあったし、ほの暗いし、鬱(うつ)っぽいところもある。でも、とても美しいと感じました。
 水沢 乙一さん、私たちの世代は好きな人が多いかもしれません。
 実石 代表作の「ZOO」がはやっていましたね。私は中学1年から桜庭一樹さんの“信者”になりました。どこか閉ざされた、密な関係性に引かれましたね。独特の雰囲気がある美しい文章もあこがれでした。単行本、文庫本を全部読みました。

 -自分で作品を書き始めたのは?
 実石 出発点は幼稚園のころにさかのぼります。(米絵本作家)ターシャ・テューダーの「輝きの季節」が大好きで、母親に何度も読み聞かせしてもらっていたんです。1月から12月まで、各月1編ずつの季節感あふれる短編集。何でも実践してみたくなる性格なので、影響を受けて中学生の頃は自分なりに1カ月ごとの物語を書いていました。
 小学校を卒業したら、ずっと入り浸っていた学校の図書室に入れなくなってしまって。でも、お小遣いで買える単行本は限りがありますよね。だから「自給自足」の精神で、自分で本格的に小説を書くことにしたんです。16歳で「小説家になる」と決めました。
 水沢 小学生時代から、バーチャルゲームのキャラクターを使った二次創作の物語を書いていました。ネットの掲示板にアップすると、他の人もそれぞれ物語を作っていて、物語と物語がつながったりしてどんどん世界が広がりました。それが、とても面白かった。
 詩を意識するようになったのは高校時代の国語の先生が「世の中で一番美しいのは詩だよ」とおっしゃったのがきっかけ。美術大学に入ったけれど、私は絵ではなく言葉で世界を表現しようと思い、詩を作り始めました。

 -作品はどうやって生まれるのですか?
 実石 自分の過去がモチーフになっていることが多いですね。映画監督になりたかった時期もあって、今も書くときはまず映像が先に浮かびます。俯瞰(ふかん)した場面、クローズアップ-。カメラで捉えた風景を頭に描き、それを言葉にしていると言ってもいいでしょう。
 水沢 私の作品は映像的ではないかもしれませんが、絵画的だと言われることはあります。美術館できっかけを思いつくことが多いからかもしれません。スマートフォンにメモしてある言葉が結び付き始める瞬間があって。言葉と言葉がつながっていくんです。お笑いや漫画、ゲームも好きなので、そうした外部のコンテンツが作品のきっかけになることもあります。

 -どんな創作を目指しますか?
 実石 過去にあった良いこと、悪いことは全てネタになると思っています。これからも中学生の頃の「自給自足」の精神で、自分が読みたい作品を長く書いていければと。どちらかと言えば、いわゆる「古典」を目指すのではなく、できる限り時代に則した言葉を使って、今読まれる必然性を伴う作品を作っていきたいですね。
 水沢 私も長く書き続けることが目標ですね。「文藝」冬季号で初めて中編小説を書く機会をいただきましたが、実は自分の作品をこの世の全ての人に見てほしい気持ちの一方で、誰にも見られたくないような感覚がいまだにあるんです。これからも、言葉で世界をつくりだすための方法をいろいろと試してみたいですね。
 

 みずさわ・なお 1995年、長泉町生まれ。大学在学中から詩作を始め、2019年に第1詩集「美しいからだよ」を発刊。20年には第25回中原中也賞に選ばれた。22年10月、第2詩集「シー」発刊。「うむ」「うまれる」といった身体性に伴う現象、そこにつきまとう違和、生命の存在を決定づける形の不確かさなど、世界観やモチーフを平易な言葉で鋭く表現する。

 じついし・さえこ 1996年、静岡市清水区生まれ。2012年、「別冊文藝春秋」新人発掘プロジェクトで700以上の応募作から1期生7人に選ばれた(作家名は和足冴)。「きみが忘れた世界のおわり」は第16回小説現代長編新人賞奨励賞受賞作。美大生の木田蒼介と、幼なじみで高校時代に交通事故で亡くなった河井明音の関係性を、SF的な趣向を加えたみずみずしいタッチで描く。

スマホ社会 地方での創作後押し

 2022年は静岡県ゆかりの女性作家の活躍が目立った。21年に「推し、燃ゆ」で芥川賞に選ばれた宇佐見りんさん(沼津市出身)は受賞後第1作「くるまの娘」を発刊。永井紗耶子さん(島田市出身)の「女人入眼」は直木賞候補に、吉川トリコさん(浜松市出身)の「余命一年、男をかう」は山本周五郎賞候補にそれぞれ名を連ねた。
 書店員や図書館員が投票で選ぶ「静岡書店大賞」の事務局長を務める高木久直さん(高久書店店主)=掛川市=は「文芸だけでなく、漫画の世界でも県内の女性作家が活躍している」と指摘する。「ローカル女子の遠吠え」の瀬戸口みづきさん、「となりの妖怪さん」のnohoさん、「きみのせかいに恋はない」の伊咲ウタさんらは在住も県内。高木さんは「創作への情熱に男女差があるわけではない」と断った上で「スマートフォンの活用、インターネットを通じた作品の流通のしやすさが、地域で活動する女性作家を後押ししているのではないか」と分析する。
 (構成/文化生活部・橋爪充、撮影/写真部・杉山英一)

 

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