時論(12月25日)指揮者とオケ“炎の交歓”

 指揮者の小林研一郎さんと先月、40年ぶりに言葉を交わした。大学時代、グリークラブの名を持つ男声合唱団に入っていて、小林さんの指揮で「縄文」という曲を歌った。その時以来だ。
 小林さんは「コバケン」のタグが付いたキャリーバッグを手に静岡市民文化会館のロビーに姿を見せた。静岡フィルハーモニー管弦楽団との稽古前のひととき。本番を5日後に控えていた。
 情熱的な指揮ぶりから「炎のコバケン」と呼ばれる小林さん。「指揮者の炎がオケを鼓舞し、そのエネルギーを小林さんが受け取る。キャッチボールの繰り返しで双方の炎はますます燃え盛るんですね」と話したら、強くうなずいてくれた。
 稽古に立ち会い、音のうねりに身を委ねた。曲目はマーラーの交響曲第1番。小林さんは、時には奏者に旋律を口で歌わせ、わずかの間に音楽は生命感を増していった。
 本番はまさに、小林さんとオケの“炎の交歓”。要所では姿勢を低くし、熱量の大きい指揮でオケと向き合う小林さん。金管群の咆哮[ほうこう]、歌う木管のソロ、厚みのある弦楽器群。力強く、透明感があるこの大曲の魅力が存分に引き出され、圧巻のフィナーレの余韻に浸った。
 小林さんは、ロシアのウクライナ侵攻開始からわずか2週間あまりの3月11日、自らの企画で「ウクライナ応援コンサート」を急きょ都内で開いた。現在、82歳とは思えない行動力だ。
 40年前の「縄文」の練習。目の前で指揮する小林さんが寒そうだったので自分のジャケットを差し出したら、着たまま帰ってしまったことがあった。次の練習の時、その上着を手にして見せた、炎とは対照的な照れくさそうな笑顔が忘れられない。

いい茶0
あなたの静岡新聞 アプリ
地域再生大賞