育休中のリスキリング どう考える?③ 有識者インタビュー【賛否万論】

 育休を取得した男性の4割超が家事・育児をほとんどしない“とるだけ育休”―。妊娠出産・育児に関するアプリ・SNS「ママリ」を運営する会社「コネヒト」(東京都)は調査事業の結果を示し、社会に問題提起しています。沼津市出身の同社の高橋恭文代表取締役(45)に、岸田文雄首相の発言をきっかけにした「育休中のリスキリング(学び直し)」についてインタビューしました。

高橋恭文さん
高橋恭文さん
育休中の家事・育児分担をテーマにした「夫婦で話そう、考えよう。パパの育休のこと『パパの育休』ガイドブック」のページの一部
育休中の家事・育児分担をテーマにした「夫婦で話そう、考えよう。パパの育休のこと『パパの育休』ガイドブック」のページの一部
高橋恭文さん
育休中の家事・育児分担をテーマにした「夫婦で話そう、考えよう。パパの育休のこと『パパの育休』ガイドブック」のページの一部


 

 1978年、沼津市生まれ。生活者向けITサービス事業家。大卒後、Uターン就職し求人情報「DOMO」「JOB」を運営する「アルバイトタイムス」入社。転職し、「食べログ」「Retty」の収益化に携わり、2018年にコネヒト入社。22年に代表取締役就任。
学び直すべきは企業 「ママリ」運営の会社代表取締役/高橋恭文さん

男性育休の調査概要を教えてください。
 コネヒトは昨年8月、子育てアプリ・SNS「ママリ」の利用者を対象に、夫の1日の家事・育児時間を尋ねるインターネット調査を行いました。夫が育休を取得したという291人から回答を得て「3時間以下」が44.5%という結果でした。2019年に行った調査から2.9ポイント改善したものの、ほぼ同様の結果と言えます。育休を取得した男性の4割超はほぼ家事・育児をしていない。これを社会的な論点にしたいと思い“とるだけ育休”という言葉をつくりました。
なぜ、論点にしたいと思ったのですか。
 育休中に家事・育児をどう分担するか。家族によってベストな形は異なります。ただ、調査からは、夫の分担の量的不足は妻の不満につながり、身体的・心理的負担や孤立感を招くという結果も浮かびました。
 “とるだけ育休”を防ぐにはどうしたら良いか。自由記述の分類から、法則が浮かびました。家事・育児の量的な担当▽主体的な姿勢▽妻に休息・睡眠をとらせる―など7項目です。これらを基に作成した「育休ガイドブック」や「育休ワークショップ」を自治体や企業に提供しています。


 家事育児自体 学び直し

「育休中のリスキリング」を巡る賛否両論をどう受け止めましたか。
 赤ちゃんの育児には手がかかり、保護者には時間の余裕がありません。乳幼児は頻繁に体調を崩し、予定が立てにくく、心身の不安が多い時期でもあります。育休中が能動的かつ計画的に学ぶことに適した時期とは思えません。
 家事・育児は、変化対応力や人間力が強制的に養われる経験で、それ自体がリスキリング。さらに仕事のスキル習得まで求め、国が生活者に丸投げし過ぎているという意味で炎上した面があるのでは。育児の大変さが、政府や企業に理解も評価もされていないと感じたことへの怒りもあったと思います。
“とるだけ育休”の男性が一定数存在する実態も見えてきました。

 国会でも指摘があったように、首相発言をきっかけとした論争の一部で「女性は育休で家事・育児」「男性は育休でリスキリング」という受け取られ方をしていた節もあり、違和感を抱きました。家事・育児を「手伝う」という表現が、主に担当している側、多くの場合で女性の怒りを買うケースがしばしばあります。家事・育児に主従はありません。夫婦双方が家族のありたい姿を実現するため、どう分担して過ごすのかという“育休の質”に改めて目を向けてほしいです。
 

新たな軸 組織にも有益

企業が、従業員の育休中の学び直しを推奨する事例もあります。
 リスキリングとは、新たな知識や技能をインプットすることだけでなく、物事の見方や解釈を変えることも含むと思います。その意味で、学び直すべきなのは、企業の方ではないでしょうか。
 育休は「労働機会の損失」と捉えられがちですが、従業員が仕事に対する新たな軸をつくる機会でもあります。僕は「留学」と近いイメージだと思っています。答えが明確でない子育てを夫婦で協力して進めたり、地域の方と交流したり。育休中は、仕事の日常業務とは違ったイシュー(課題)に向き合い、学びを自然と得る機会。このような体験や視点は、組織・商品・サービスに活用できる職能体験の一つです。
育休による一時的な減員を痛手と感じる企業もあるのでは。
 従業員が減ったら業績が悪化するというのは、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)です。あるシフト制の工場で従業員の育休取得に合わせ、全員を対象に育休の意義を学ぶ研修を行いました。その結果、育休に限らず、介護休業や趣味の休暇など、みんなのライフイベントを大切にする共通認識が生まれ、互いがシフトに折り合いをつけるようになり、離職率が低下。業績も伸びました。
 年齢も背景も多様な従業員間で価値観をそろえる機会をつくるだけでも、過度に萎縮せず育休取得を言い出しやすくなったり、部署間で業務や人員の融通を利かせられたりという効果が見込めます。
 そもそも1人減員して回らなくなるような職場は育休以前に、経営のベースが不十分なのでは。業務の見直し、自動化や効率化、代替要員の確保による余力のあるシフトづくりは、育休取得と関係なく必要です。


従業員への伴走 必須

人手不足が深刻です。
 少子高齢化が進み、2030年には労働力が600万人以上不足するという推計もあります。人材確保・流出防止、エンゲージメント(愛着心)向上は多くの企業にとって重要課題です。
 近年は年間80万人前後の出生があります。単純に考えるとその両親は2倍程度の約160万人。育休取得が男女で進み、毎年相当な数の育休取得者がいると考えられます。育休を含め、従業員のライフステージにいかに伴走するかは、企業にとって採用や人材確保の面で必須の戦略です。
育児・介護休業法の改正により今年4月から、従業員数千人超の企業には男性の育休の取得状況を年1回公表することが義務づけられます。
 育休取得の機運が高まる中、ただ取得させるだけの“とらせる育休”とするか、従業員が家族のありたい姿を実現させて仕事への意欲も高める“質の高い育休”とするか―。企業の対応は二分すると予想します。
 人は本来、望む生き方や家族の在り方を実現するために働いていますよね。でも、日本の職場で家族について語る機会は多くありません。語り合えば、お互い応援し合える場面もあるかもしれないのに、もったいないと思います。
 すべての人が自分の望む生き方や家族像を実現するためには、どうしたら良いのか。育休中のリスキリングというテーマをきっかけに、話し合う機会が増えることを願います。

ご意見お寄せください

 育休中のリスキリングについて、あなたはどう考えますか。さまざまな立場からの投稿をお待ちしています。お住まいの市町名、氏名(ペンネーム可)、年齢(年代)、連絡先を明記し、〒422―8670(住所不要)静岡新聞社編集局「賛否万論」係<ファクス054(284)9348>、<Eメールshakaibu@shizuokaonline.com>にお送りください(最大400字程度)。紙幅の都合上、編集させてもらう場合があります。

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