証拠開示も命令 公正で中立な視点 常に【最後の砦 刑事司法と再審⑫/第3章・日産サニー事件の先例㊦】

 「家族が一生懸命に支えていた」。福島県いわき市で1967年に自動車販売会社の宿直員が殺害されて現金が奪われた「日産サニー事件」で無期懲役が確定し、仮釈放された後に裁判のやり直し(再審)を請求した男性の元主任弁護人、折原俊克弁護士は、奔走する家族の姿が忘れがたい。

日産サニー事件の再審請求審を振り返る元主任弁護人の折原俊克弁護士。証人尋問の公開を求めていなければ、先例は生まれなかった=8日、福島県いわき市内
日産サニー事件の再審請求審を振り返る元主任弁護人の折原俊克弁護士。証人尋問の公開を求めていなければ、先例は生まれなかった=8日、福島県いわき市内

 再審請求審では証人尋問が公開され、全国初と報じられた。同じく弁護人だった弓仲忠昭弁護士は公開を求めた理由について「家族だけではなく支援者も一生懸命。家族や支援者の前で行いたい、というのが出発点だった」と回想する。しかし、尋問を公開するかどうかの規定は再審法(刑事訴訟法の第4編再審)には存在しない。
 弓仲弁護士は言う。「裁判官の裁量が大きいわけです。前向きな裁判官に当たるか、後ろ向きの裁判官に当たるか、に左右される」
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 福島地裁いわき支部は証人尋問の公開を決めた90年3月2日、実はもう一つ決定を出している。検察官は弁護人に対し、男性の弟の供述調書を閲覧・謄写させなければならない―。検察官の手元に残されたまま、これまで提出されてこなかった証拠の開示を命じた。
 裁判所が証拠を開示するよう勧告することはあっても、命令は現在に至るまでわずか数例しかない。再審法に証拠開示に関する規定がないことが裁判官をちゅうちょさせる。勧告したとしても開示するかは検察官次第。袴田巌さん(87)の第2次再審請求審で静岡地検は勧告を拒否している。
 福島地裁いわき支部が尋問の公開を決め、検察官に証拠を開示するよう命じたのは、裁判長の異動直前だった。この二つの決定に右陪席の裁判官として関与した西理元裁判官は「(裁判長は)一手に批判を受け止める立場。われわれに宿題として残していくのを避けたのではないか」と話す。
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 西さんは右陪席から裁判長となり、92年3月に男性の再審開始を認める決定を手がけた。「ひたすら考えに考え、考え抜いた上での判断だった」。決定は男性が犯人ではないとするだけの積極的な証拠はないとしつつ、変遷と矛盾が多い自白の信用性もまた肯定できないと指摘した。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則は再審請求審にも適用されると判示した最高裁の「白鳥決定」(75年)を体現した形だ。
 加えて決定は、捜査機関は客観証拠に基づく緻密な捜査を怠ったきらいがあるとした上で、確定審の裁判所も自白場面を収めた録音テープを過度に高く評価してしまったと言及。〈捜査官や裁判官の感覚に訴えるこのような証拠の持つ恐ろしさを確認しておく必要がある〉と警鐘を鳴らした。
 尋問の公開と証拠の開示命令は、裁判官が事件と誠実に向き合った結果としての判断だったが、図らずも貴重な先例となった。誤判を避けるために裁判官に求められる心構えとは何か。
 西さんは今、弁護士の立場で刑事裁判と関わる。被告人の主張は弁解に過ぎない、どうせうそに決まっている、とどこかで考えているのではと感じざるを得ない裁判官を見かけることがあるという。「確かに取るに足りない弁解であることが多いでしょう。でも怖いのは、そういう経験の積み重ねがいつの間にか裁判官の目を曇らせることがないかということ」。そして強調する。「公正で中立な第三者の視点を保持しているか、と初心に返って常に自らに問い直すことが必要。双方の主張・立証を公平に聞く姿勢を保ち続けることができて初めて、刑事裁判官として信頼するに足る」

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