⚽遠藤保仁選手が引退 ジュビロ磐田 元日本代表、歴代最多出場

 J1磐田は9日、元日本代表MF遠藤保仁(43)が現役を引退すると発表した。2024年シーズンは古巣のG大阪でトップチームコーチに就任する。記者会見は行わず、自身の動画配信サイトやクラブを通じ「26年間長い充実したサッカー人生を送れた。(磐田で)約3シーズン、最高の思い出ができた」とコメントした。現役引退を発表した磐田の遠藤。昨年10月7日の清水戦が最後の出場となった=アイスタ日本平
 遠藤はクラブを通じ「来シーズンはJ1でみんなが輝いているところを陰ながら応援したいと思う。磐田・浜松での生活を本当に楽しめた。皆さんが優しく接してくれ、リスペクトしてくれて素晴らしい約3年間を過ごせた」と談話を寄せた。
 今後については「コーチとして違うキャリアで経験を積んで、いい指導者になりたい」と思いを語った。現役引退を発表した磐田の遠藤。昨年10月7日の清水戦が最後の出場となった=アイスタ日本平
 1998年に鹿児島実業高から横浜フリューゲルスに進み、京都を経て2001年にG大阪入り。チームの司令塔として数々のタイトル獲得に貢献した。20年10月から磐田に移籍し、21年には主力としてJ1昇格に貢献。22年はJ1で31試合に出場したが、23年はJ2で21試合にとどまっていた。金沢戦で相手と競り合う磐田の遠藤(中央)。終盤戦は出番が減った=昨年7月5日、ヤマハスタジアム(浜松総局・山川侑哉)
 J1歴代最多の672試合で103得点、J2は104試合で10得点。国際Aマッチにも歴代最多152試合出場で15得点。ワールドカップ(W杯)は06年ドイツ大会から3大会連続でメンバー入り。10年南アフリカ大会のデンマーク戦では直接FKを決めるなど、16強入りに貢献した。

サッカーに飢えた3年余 磐田J1復帰を大きく後押し
 現役引退を発表した元日本代表MF遠藤は、磐田で過ごした選手晩年となる3年余り、誰よりもサッカーに飢えていた。
 G大阪で出場機会が減っていた遠藤は2020年10月、J2磐田にやってきた。当時の磐田は元日本代表の中村俊輔氏が抜け、中盤で核になる選手が不在だった。当時のフロント幹部は「サッカーに対する態度が素晴らしく、鈴木政一監督からすぐにほしいと言われた」と振り返る。「J1で苦しんだが、チームに残してくれたものは大きい」と功績をたたえる。現役引退を発表した磐田の遠藤。昨年8月19日の甲府戦でドリブルを見せる=山梨・JITスタジアム(写真部・坂本豊)
 遠藤が最後に輝きを放ったのが、昨年8月19日の甲府戦だ。7試合ぶりにスタメン復帰すると、得意のCKをドンピシャで味方に合わせて連敗を阻止。自動昇格圏2位を死守してチームのJ1復帰を大きく後押しした。だが、その後は若手の台頭で出番が減り、10月7日の清水戦で終盤7分間ピッチに立ったのが最後となった。
 それでも、最終盤までフルメニューをこなし練習で一切手を抜かなかった。磐田の藤田俊哉スポーツダイレクターは遠藤の足の状態を気に掛けながら「あの年齢であれだけできるのか。監督の求めをすぐにピッチでやろうとする。ピッチに立ち続ける姿が一番すごい」と舌を巻いた。
 遠藤には磐田はじめ複数のJクラブが選手としてオファーを出していたが、現役引退を選んだ。昨年末、浜松市内で行われたサッカー教室。遠藤は「J1昇格という目標が達成でき、個人的にもけがなく充実した1年だった」と穏やかな表情で話した。「来年も健康第一でやっていきたい」とも語っていたが、同じ黄金世代の小野伸二、高原直泰と同じタイミングで26年間の現役生活に区切りを付ける決断を下した。

一緒にプレー「財産」 選手らねぎらいの声
 元日本代表MF遠藤が9日に現役引退を発表したのを受け、磐田や日本代表などでプレーした選手や関係者から26年間の現役生活をねぎらう声や引退を惜しむ声が相次いだ。
 磐田の選手はそれぞれのSNSで遠藤への感謝の言葉を述べた。MF山田大記は「ヤットさんとプレーすると自分がうまくなった感覚になる。余裕を分け与えてもらい、自信を取り戻させてもらった」と記述。FWジャーメイン良は「ヤットさんの現役最後のアシストは自分だったというのを一生自慢して生きていきます」と誇らしげ。同じボランチのMF藤原健介は「一緒にプレーできたこと、間近で見られたこと全て財産」とした。
 日本代表で一緒にプレーした清水のMF乾貴士は「ショック。同じピッチにもう一度立ちたかった」と残念がった。「こちらが欲しいタイミングでボールを出してくれる」と希代の司令塔のプレーを評する。「去年も1回も練習を休んでいないと聞いていたのに…」と驚きを隠せない様子だった。
 日本サッカー協会の田嶋幸三会長は「JFA公認指導者ライセンスを受講していると聞いている。経験と実績を日本サッカーの発展に生かして」と談話を出した。宮本恒靖専務理事は「監督、選手として一緒に活動できたこともいい思い出。たくさん助けてもらった」とコメントした。
(運動部・名倉正和)
 「黄金世代」Jから去る
遠藤保仁の主な個人記録
 遠藤の現役引退により、1999年世界ユース選手権(現U-20W杯)で準優勝し「黄金世代」と称された日本代表のメンバーがJリーグからいなくなった。小野伸二(清水商高出)やGK南雄太(静岡学園高出)も2023年シーズン限りで現役を退いていた。稲本潤一らは下部リーグでプレーを続けている。
 遠藤は1998年度の天皇杯全日本選手権優勝を最後に横浜Mに吸収合併された横浜フリューゲルスの一員で、当時のメンバーでは最後のJリーガーだった。
 (共同)

いい茶0
あなたの静岡新聞 アプリ
地域再生大賞