時論(1月14日)ハンセン病隔離の歴史刻む歌

 人々が長く記憶にとどめる歌の一つに学びやでの校歌がある。同じように全国のハンセン病療養所で、行事などの際に歌われ、入所者の心に深く刻まれる「園歌」というものが存在していることを、シンガー・ソングライター、沢知恵さんの近著「うたに刻まれたハンセン病隔離の歴史 園歌はうたう」(岩波書店)で知った。
 沢さんはハンセン病療養所の音楽文化の調査研究をライフワークとし、療養所でのコンサートも定期的に開いている。全国13の国立療養所に残る「園歌」の歴史や特徴を資料や入所者への聞き取りなどを基に調べ、同書にまとめた。
 本の中で衝撃を受けたのは、「民族浄化」や「一大家族」など、国の強制隔離政策を色濃く反映した歌詞の存在だ。これらの部分は戦後、削除されるなどした。だが、沢さんの調査では、国家主義的な歌詞とは対照的に「若い頃を思い出す」と懐かしそうに歌う高齢の入所者が多く、実際に演奏すると涙を流して喜ぶ人もいた。
 「民族浄化」や「一大家族」のような言葉は、入所者自身が作詞した園歌の中にも登場するという。この点について、沢さんは「心にもないことではなく、そう思わないでは生きのびることができなかったのです」と説明する。
 終生を隔離された療養所で生きるということは、社会から排除され、存在を消されるに等しい。それでも、存在しようという意志を決して捨てることはできない。沢さんはこれを「引き裂かれた二重の意識」と定義する。
 時代の流れの中で、園歌を作り直した療養所もある。だが、この「二重意識」を強いた国の過ちの象徴として、過去の園歌を伝えていかなければならない。
(論説委員・川内十郎)

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