信仰心、コロナ禍も絶えず 御前崎・桜ケ池/「池守」の水野さん【竜と生きる 辰年2024①】

 昨年12月上旬、御前崎市佐倉の桜ケ池。売店の店先で、店主の水野達男さん(66)が黙々としめ縄を綯(な)っていた。代々、桜ケ池を守る「池守」の家系という。「自分が守るんだっていう使命感がずっとあるんだよ。こうしなさいって誰に教えられたわけじゃないんだけどさ」。時折手を止め、照れくさそうに古い記憶をたどった。
自作の紙芝居を手に伝説を熱く語る水野達男さん=昨年12月上旬、御前崎市佐倉
 池の周りを毎日掃除する父の背中を追いかけて育った。小中学生の時には夏休みの自由研究で桜ケ池の龍神伝説を取り上げ、クラスメートの前で堂々と発表した。「池に小石を投げ込むとか、友人が平気でやっていたちょっとした子どもらしいいたずらも、自分には絶対にできなかった」

 人々はさまざまな悩みや不安を心に抱え、龍神がもたらす御利益にいちるの望みをかけて参拝に訪れる。余命いくばくもない大病人や経営不振に苦しむビジネスマン…。彼らが龍神に願うと、病は治癒し、経営は回復した―。奇跡のような逸話を参拝客が興奮気味に話す姿を見てきた。「再生の象徴」ともいえる桜ケ池の龍神。「一生懸命頑張っている人に力を貸してくれる。ちゃんと、見守ってくれている」と力説する。
 新型コロナ禍では「祖母の代から60年以上続いた歴史もここまでか」と店をたたむ覚悟を何度もした。しかし、池を訪れる客足は途切れなかった。「目に見えないウイルスへの恐怖を解消するために神頼みする人が多かったのかな」
 龍神への厚い信仰心は、何年たっても変わらない。15年ほど前、伝説を地元の子どもたちに伝えたいと紙芝居を制作し、地元の学校で活用された。場面を想像しながら絵を描き、難しい言葉には説明を補って脚本を仕上げた。一昨年の夏には、遠州七不思議を題材に自由研究している小学生が紙芝居のうわさを聞きつけて浜松市から訪ねてきた。自作の紙芝居で若い世代に教えられる喜びを感じながら、伝説を熱く語った。
 龍神様は今でも池にいますか―。やぼと思いながらも、あえてそう尋ねると、力強い言葉が返ってきた。
 「もちろん。龍神様が住む池を自然なままの状態で守っていきたい。居心地が悪くなってどこかに移ってしまわないようにね」
 この日も一段と強い風が吹き荒れる中、池宮神社の本殿前で深く頭を下げ、静かに祈りをささげる若い女性がいた。手を合わせる女性の姿は数十分たってもまだ同じ場所に見えていた。
       ◇ 
 2024年は辰(たつ)年。十二支で唯一架空の生き物とされる竜だが、県内には数多くの伝説や芸術作品が残る。西から東へ竜の足跡をたどり、先人から受け継いだ信仰を今も守り続ける人々の姿を追った。
 (社会部・鈴木志穂が担当します)

 桜ケ池の龍神伝説 御前崎市教育委員会によると、1169年、比叡山(京都)の名僧・皇円阿闍梨(あじゃり)が56億7000万年後に出現するという弥勒菩薩(みろくぼさつ)に教えを乞いたい一心から、長生きできる龍に姿を変えた。手のひらに桜ケ池の水を入れお経を唱えると、黒雲に包まれて蛇体に化身したという。弟子の法然上人が、師の安泰と五穀豊穣(ほうじょう)を祈って赤飯を詰めたお櫃(ひつ)を池の中央に沈めたことが、「遠州七不思議」の奇祭「お櫃納め」につながっている。

 

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