時論(3月9日)「第九」の精神、今こそ

 「全ての人々は兄弟となる」。ベートーベンの交響曲「第九」に込められたメッセージだ。合唱が加わる第4楽章の歌詞に登場する。このメッセージを体現し、第九の普遍性を改めて実感させられる演奏が先月、オーストリア・ウィーンであった。
 聴覚や視覚に障害のある子どもたちが参加する日本の合唱団「ホワイトハンドコーラスNIPPON」が、国際会議の場で「第九」を披露した。合唱団は、声を出して歌う「声[こえ]隊」と、白い手袋をして「手歌[しゅか]」を担当する「サイン隊」で構成する。声隊はドイツ語で歌い、サイン隊も手話や表情、体全体で「歓喜の歌」を表現、躍動感あるパフォーマンスに大きな拍手が送られた。
 ベートーベンは晩年、聴覚を失い、自ら指揮を務めた第九の初演では大喝采に気付かず、見かねたソリストが聴衆の方を向かせたという逸話が伝わる。第九が世界中の人々を励まし続けているのは、そのテーマである「苦悩から歓喜へ」にベートーベン自身の人生が強く反映されているからだろう。
 第九はこれまで、ベルリンの壁の崩壊など、大きな節目に度々、演奏されてきた。日本では1998年の長野五輪の開会式で先月亡くなった小澤征爾さんが指揮し、衛星で五大陸を結んでの歌声が一つの響きになった。国や民族、宗教を超えた融和を願う場にふさわしい曲であるのは間違いない。
 今年は、1824年に第九がウィーンで初演されてから200年の節目。だが、ロシアによるウクライナ侵攻は終わりが見えず、中東ガザでも戦闘が続く。ヘイトスピーチに代表される排外主義も根深い。今こそ、第九の精神が求められている。
(論説委員・川内十郎)

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