水環境の維持、自信ない 名古屋大名誉教授 浅岡顕氏【大井川とリニア 私の視点】

 地盤工学の第一人者で名古屋大名誉教授の浅岡顕さん(74)。研究グループ「ジオアジア研究会」の会長として昨年8月、リニア中央新幹線事業についてコメントを公表し、現在の技術水準で、大井川水系の水を減らさずにトンネルを掘削することには「全く自信がない」と言及した。

浅岡顕氏
浅岡顕氏

 ―南アルプストンネルの掘削を工学的な観点でどう考えるか。
 「風呂に水が張られているのを考えてみる。浴槽の上は水圧が低いが、下は深い所ほど水圧が大きい。しかし、浴槽内は『水圧プラス高さ』(水頭)が同じだから水は動かない。ところが、浴槽の壁に穴を空けると、穴の断面の水圧は大気中と同じゼロになるから水頭は急激に低下し、浴槽の水は穴から一気に出る。トンネル掘削も同じで、トンネル先端は掘削時、水圧がゼロになり、周りから先端に向かって水が流れ込む」
 ―JR東海はトンネル湧水を少なくできると説明しているが。
 「薬液注入など土の中の水を止める工法は発達しているが、水の流れが速く水圧が大きいと止められない。浴槽の水面が穴の位置に下がるまで水が出続けるのと同じで、トンネル工事も水を出し続けて地下水面の低下を待つしかない。南アルプスは日本で最も複雑な地質で圧力が高い。圧力が高過ぎて事前の地質調査が不可能と言える。だから、トンネル先端から噴き出す水の量は誰も予測できない。掘ってみて驚くのが関の山だ。掘削中に大井川水系の水を外に出さない方策などない」
 ―掘った後もトンネルの外側を伝って流出するという指摘も。
 「トンネル掘削に伴う水の流れは山の中に水道(みずみち)を作り、完成後もこのみずみちは残る。完成後のトンネルは浮力を受けて上に動こうとするが、コンクリート外壁を水がどのように流れるのかは確認が難しい。掘削は不可逆的な水環境の変化をもたらし、元に戻せるなどとは科学的に言えない」
 ―リニア事業に関してどう考えるか。
 「トンネル掘削以外にも技術的な問題点が多くて未成熟。JR東海の秘密主義がそれを覆っている。まだ研究開発の段階だ」

 ■【取材後期】問われる「科学」の役割
 工学系の学者に何人か取材を打診したところ、JR東海や国土交通省との関係を理由に「名前を出すのは勘弁してほしい」「応じられなくなった」と断られた。ただ、浅岡顕名古屋大名誉教授は快諾し、基礎的な情報を確認しながら理路整然と疑問点に答えてくれた。科学者の矜持(きょうじ)を感じた。
 リニア中央新幹線事業の賛否にかかわらず、科学的知見は大事だ。東日本大震災の福島第1原発事故でも、その役割が問われた。科学的知見を生かして津波対策を講じた女川原発は重大な事故を避けることができた。
 国交省や県の有識者会議がリニア工事の影響について科学的な議論を進めている。JR東海を含めた事業関係者は浅岡さんの考えにも耳を傾けてほしい。科学の役割が再び問われている。
 (政治部・大橋弘典)

 あさおか・あきら 工学博士。京都大大学院土木工学専攻、名古屋大助教授などを経て1996年から2010年まで名古屋大大学院教授。08年から2年間、地盤工学会の会長を務めた。

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