ネット時代 家庭の性教育どうすれば 有識者インタビュー②【賛否万論】  

 性の多様性について理解を深めることは性教育の大切な一つとされる。学校教育の現場では、どう教えられているのか。セクシュアリティー教育や教育史が専門で、学校における性的少数者の支援・研究に取り組む静岡大教職センター准教授の松尾由希子さん(44)に現状や課題を尋ねた。

松尾由希子氏
松尾由希子氏

 

性の多様性 幸せの選択肢に


 ーそもそも「性」とは何でしょうか。

 人間の性の主な構成要素として「からだの性」「性自認」「性的指向」「表現する性」があります。からだの性は、多くの場合は戸籍上の性と一致しますが、一致しない場合もあります。「性自認」は自らの性をどのように認識するのか、しないのか、「こころの性」とも言われます。性的指向は、どのような性を恋愛や性愛の対象としているのか、「好きになる性」とも呼ばれます。表現する性は言葉遣いや振る舞い、服装など外部に自分を表現する性です。それぞれの要素はさまざまで、人によって組み合わせもさまざまです。例えば、性自認と表現する性は混同されがちですが、自分を女性と認識しているからといって、スカートをはくかどうかは本人が決めることです。一人一人の性の在り方は多様で、全ての在り方は尊重されるべきものです。

 ー性は学校教育でどのように教えられてきましたか。

 まず前提として、文部科学省が告示する学習指導要領に載った内容は教科書に含まれ、学校で必ず教えなくてはなりません。一方で載っていない内容はプラスアルファとされ、教えなくてもいい。そして、性の多様性については学習指導要領には載っていません。プラスアルファなので、性の多様性や性的マイノリティーを扱う教科書もあれば扱わない教科書もある状態です。
 

正しい知識で自己肯定


 ーでは、何を教えてきたのでしょうか。

 学習指導要領で扱うのは異性愛です。従って、学校で必ず教えているのは異性愛であり、性は男女に分けられるという「性別二元論」が前提になっています。逆に言えば、これ以外は教える必要がなく、例えば同性愛やトランスジェンダーなどもプラスアルファの部分です。両性の平等の考えから、男女の表記もかなり意識的にされています。ただ、男女を振り分ければ分けるほど、異性愛以外の人や「性別二元論」に当てはまらない人にとっては苦しい表記と言えます。

 ー性の多様性を学習指導要領に盛り込むべきだと思いますか。

 含まれるべきだと考えています。そもそも、この世の中は異性愛者とシスジェンダー(からだの性と性自認が一致している)だけではありません。当事者から「小学生の早い段階から知っておきたかった」という声が聞かれます。教科書は異性愛者しか教えず、男女に分かれる表記になっているので、当てはまらない人は「自分はおかしいのではないか」と思ってしまうのです。「正しい知識を持っていれば、悩むことなく自分を肯定して生きられたのに」と話す当事者は多いです。

 ー性的マイノリティーの児童・生徒はどれぐらいいますか。

 日本では子どもだけを抽出した調査はありません。2019年の調査(LGBT総合研究所のインターネット調査)によると、性的少数者は全人口の約10%とされている。海外の調査では若年層で性的少数者の割合は高いため、10%以上存在するかもしれません。

 ー学習指導要領に含まれない中、性的マイノリティーの児童・生徒は学校でどう過ごしてきたのでしょうか。

 「見えない存在」とも言われますが、存在するのに存在しなかったことにされてきました。周囲に黙っている子は多いです。例えば、小中高って友達と恋愛の話で盛り上がりますよね。実は「友達と恋愛話がしたい」「うそをつきたくない」「恋愛の好きが分からない」と思っている性的マイノリティーの子は結構います。それでもやはり「おかしい」と思われるのが嫌で話せない。どうしているかというと、好きな相手をわざと異性に置き換えて話している。だから、偽らなくてはいけない自分を責めています。社会に出ればいろんな出会いがあって「自分以外にも性的少数者はいるんだ」と気付けるけれど、特に高校生までは学校以外の場所が限られているため「自分だけがおかしいのではないか」と自己否定をしてしまう。SNS上で会話をしている子もいますが、リアルな世界では孤立感を深めている状態もあります。

 ー学校現場はどう対応すればいいですか。

 一つは、先生も性の多様性について知識を得ることです。知識がないために子どもの相談に乗ることができていない現状があります。文科省が15年に出した通知(性同一性障害に関わる児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について)には、性同一性障害だけでなく他の性的マイノリティーの子どもにも対応しましょうと書かれている。互いのために正しい知識が必要です。二つ目は、性的マイノリティーの子は絶対にいると思ってほしいです。「『相談がないから存在しない』と考える先生がいるけれど、言えないだけ。相談がないから存在しない、にはならないことを分かってもらいたい」と話していた大人の当事者もいます。三つ目は、いろんなセクシュアリティーをポジティブに捉えてほしい。つい大人は「マイノリティーは不幸」と見なしてしまいがちです。

 ー親にもカミングアウトしにくいですか。

 大学生から話を聴くことが多いのですが、ほとんどが親に言っていません。卒業して好きな人と一緒に暮らすとか、一緒に家を買うとか、現実的な必要からカミングアウトする時が来ます。その時の親の戸惑いは一般的に大きいものです。親子関係や家族関係が良好でも、カミングアウトを受けた側に「受け入れたいが、受け入れがたい」という葛藤があります。だから、家族の気持ちを踏まえながらカミングアウトについて考える勉強会もしています。多くの人が自分のセクシュアリティーを自覚し、受容するまでにある程度の時間がかかっています。そうであれば、家族も少し時間が必要かもしれません。
 

保護者や先生も相談を


 ー家族にも先生にもサポートが必要ですか。

 家族も先生も相談されたら悩むのは当たり前です。性の多様性などの性教育を受けてきていないから難しい。保護者も先生も正しい知識が必要ですが、知識を得ても戸惑いは出てきます。県や自治体は居場所事業に加え、相談事業もしています。性的マイノリティーの当事者だけでなく、保護者や先生も相談が可能です。セクシュアリティーによって幸せや不幸は決まらないことを知ってほしいです。

 ー現状を変えるためには大切なことは何でしょうか。

 教育と制度です。この二つはセット。一例を挙げれば、日本では同性愛者は結婚ができません。異性愛者なら可能なものが、同性愛者だと不可能。制度を変えることで幸せに生きられる人が増えるならば、制度的な不平等を解消していくことは大事だと思います。パートナーシップ制度も最終的に同性婚に行き着くかもしれません。

 ー海外はどうですか。

 今、県や市もパートナーシップ制度を導入しようとしています。そこでは、導入後に学校でどう教えるか、という話が出ています。海外では、お父さん同士やお母さん同士の絵本が普通に並べられている。日本は「当たり前」と言われていることが、すごく固定していますよね。もっと「普通」や「当たり前」を広げていくことが大切だと感じています。オランダは30年前に同性婚を認めています。「同性婚を認めると犯罪が増える」なんて言われますが、取り入れている国ではむしろ、幸せになる選択肢が増えています。

 ー教育と人々の理解、寛容さが必要ですか。

 オランダでも偏見は残っているようです。ですから完全になくすことはできないかもしれませんが、軽減することはできますよね。人々の意識が変わった段階で制度を導入する考え方もありますが、制度があることで人々の意識が変わることもあると思うんです。性的マイノリティーの人は、これまで十分頑張ってきました。ですから、今度は当事者を支援する「アライ(味方)」と呼ばれる人たちの存在が重要です。そもそも人権の話に「数」が関わってくること自体に矛盾を覚えますが、アライの人が増えればものすごく力になると思います。

 まつお・ゆきこさん 1977年生まれ。長崎大で修士課程、名古屋大で博士(教育学)取得。2015年から現職。静岡市男女共同参画審議会の委員などを務める。性的マイノリティーの支援にも力を入れる。長崎市出身。

 次週の賛否万論は同じテーマでしずしんニュースキュレーターの意見と読者投稿を紹介します。
 

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