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【叙勲・褒章の歴史と人選】終戦後に一時停止したこともあった!? 3人集まれば他薦も可能。知っているようで知らない制度を詳しく解説

静岡トピックスを勉強する時間「3時のドリル」。今回のテーマは「叙勲・褒章の歴史と人選」です。先生役は静岡新聞ニュースセンター専任部長の市川雄一です。(SBSラジオ・ゴゴボラケのコーナー「3時のドリル」 2023年11月6日放送)

(市川)今日は先週の静岡新聞でも大きな紙面をさいて取り上げた叙勲と褒章について取り上げたいと思います。詳しい制度について、知っているようで、知らない人も多いのではないかと思うので、解説します。

(山田)お願いします。

(市川)たまたまですけど、今日の午前中に実は県庁で叙勲褒章の伝達式がありました。静岡新聞のような地方新聞の記者なら、1度は経験したことがあるのが、叙勲と褒章の取材です。毎年、春は4月29日、秋は11月3日に発表されます。

(山田)年2回あるんですか。

(市川)そうなんです。取材では、長年にわたり、国や公共に対して貢献してきた方や、社会の各分野で活躍してこられた方から話を聞くので、言葉に重みがあるなと毎回身が引き締まる思いでした。

(山田)例えばどんな方が受章されるんですか。

(市川)例えば先日発表された中では、元静岡銀行の頭取や中日本高速道路の会長という民間の方々がいます。このほか、調停委員や学校の先生、保護司、民生児童委員、消防団員など、陰ながら社会のために貢献したような方が選ばれます。

欧州にならい明治期に創設

(市川)叙勲や褒章は、国家や社会への長年の功労や、社会の各分野におおける優れた行いを国家が顕彰する「栄典」というもので、日本だけでなく、世界的に存在しています。日本の勲章制度は、明治8年(1875年)に、ヨーロッパの先進諸国を参考に創設されました。褒章制度は明治14年(1881年)の創設です。

(山田)かなり歴史があるんですね。

(市川)当時は、軍人や官吏と呼ばれる当時の役人を中心に授与していたんですが、終戦の翌年に文化勲章などを除き一時停止されているんです。背景には、新しい日本国憲法などを作ったことによって、軍国主義を連想させるような勲章制度を続けるのはどうなのか、という議論があったようです。

それが、昭和39年(1964年)に再開されました。池田勇人内閣のときです。日本が戦後の復興から、高度成長期に入った時代ですね。

再開した当時の静岡新聞を調べてみたんですが、1964年4月25日付の朝刊1面に、「第1回生存者叙勲ほぼ内定 主な顔ぶれを発表」という記事がありました。当時は戦没者叙勲というものもあったので、生存者叙勲という言い方をしていました。静岡県からは、いまのスルガ銀行の創設者であり、当時は「駿河」が漢字になっていますが、駿河銀行会長の岡野喜太郎さんが受章したという記事が顔写真と喜びのコメント付きで掲載されていました。

正式に決まったという記事は4月28日付の夕刊に掲載されているんですが、この日の新聞では長年、東川根村長を務めた田畑幸作さんの喜びの声を紹介しています。面白いのは、叙勲の復活にあたり、戦前の叙勲のように「官尊民卑」(官僚の方が民間人より偉いという意味)の印象を排除しようと、人選に苦心したとの解説記事も掲載されています。

(山田)すごいですね。

(市川)余談ですが、こういう昔の記録って、公文書なんかは残っていて、今でも調べられたりするんですが、昔の新聞を読むと、まったく違う印象を受けたりして面白いです。何が起きたか、ということだけでなく、当時の空気感なんかも知ることができます。新聞の存在意義の一つに、「歴史の記録」があると言われますが、何十年か前の新聞をみると、その意味がわかりますね。

(山田)本当ですね。

2002年に制度を見直したわけとは?

(市川)叙勲の再開時から、「官尊民卑」の色を消そうと国が苦心していたことを当時の新聞が伝えていましたが、ただ、国家や社会への功労という性格上、受章者が公務員に偏り、やはり「官尊民卑」という批判が高まりました。そこで、2002年に栄典制度の見直しが閣議決定されています。

(山田)2002年ってわりと最近じゃないですか。

(市川)閣議決定されたと説明しましたが、栄典制度って、「栄典の授与」は天皇の国事行為と憲法第7条に明記されているんですが、実は法律にはなってないんですね。もちろん、法制化しようという動きはこれまでもあったんですが、勲章制度に対する批判も根強くあるので、実現はしていません。

(山田)明確な基準みたいなものはないんですか。

(市川)一応ありますが、法律にはなっていません。2002年の見直しでは、一等、二等などの数字による表示をやめました。国が国民をランク付けするような行為をするのはいかがなものか、という批判が以前からあったからです。

(山田)なるほど。

(市川)ただ、数字はなくなりましたが、今でも天皇から直接授与するのはこの勲章、この勲章は総理大臣からと、事実上のランク付けは存在しているので、今もそのような批判は続いています。2016年にも見直しがあり、自治会長や保育士の受章者数の数値目標を設定するなど、民間人の受章者を増やす取り組みもしています。春秋叙勲ですが、毎回、約4000人に授与されています。

(山田)春と秋を合わせて4000人ですか。

(市川)それぞれ約4000人ずつです。一定の基準もありまして、70歳以上または、55歳以上で精神的または肉体的に著しく労苦の多い業務や人目につきにくい分野で長年業務した方に授与されています。

褒章の方は、毎回800人程度。こちらは年齢制限はなく、人命救助に尽力した人、長年にわたりボランティア活動に取り組んだ人、農業・商業・工業などの業務に精励し、模範となるような技術や実績のある人、科学技術分野における発明・発見や、学術およびスポーツ・芸術分野における優れた業績のある人、会社経営、各種団体での活動を通じて産業の振興、社会福祉の増進にすぐれた業績をあげた人などが選ばれます。

(山田)今回受章された作家の東野圭吾さんとかはこちらですね。

過去には人気ユーチューバーも受章!


(市川)そうですね。実は公益のために私財を寄付した人という基準もあります。紅綬褒章というものです。

僕はいろんなYou Tubeをみるんですが、以前、人気ユーチューバーのヒカルさんが、紅綬褒章を受章したことを動画にしていました。個人だと500万円以上の寄付をした人を第三者が推薦できることになっています。有名人による寄附行為を「偽善」と批判する人もいますが、この褒章は、寄付を促進する意味で良い取り組みだと感じます。

叙勲、褒章の受章者はどうやって決めているかについても紹介します。「通常推薦」と「一般推薦」というのがあって、通常は、市町村や団体が都道府県に推薦し、都道府県、団体から関係府省に推薦され、大臣が総理大臣に候補者を推薦します。内閣府の審査を経て、閣議決定を行い、天皇の御裁可を得て発令されます。

一般推薦は、推薦者1人と賛同者2人でできます。推薦者が推薦書、賛同者が賛同書を作成し、内閣府に提出することができます。ある人がすごく良いことをしているんだと思ったら、賛同する仲間を3人集めれば推薦できるんです。

(山田)へえー。

(市川)推薦書、賛同書とも内閣府のホームページから入手できます。

(山田)じゃあリスナーさんが僕のことを推薦してくれれば…。ダメか。推薦されるようなことを何もしてないや(笑)。でも受章したら嬉しいものですよね。

(市川)やはり嬉しいんじゃないかと思いますよ。僕が何度か取材したときは、皆さん謙虚な方が多かったです。それでも、昔は天皇陛下から勲章をもらうというのは最大の名誉でしたからね。

一方で、文化人に与えられる文化勲章を辞退される方も過去にはいました。有名なのはノーベル文学賞に輝いた作家の大江健三郎さんです。大江さんは「民主主義に勝る権威と価値観を認めない」と理由を話したとされます。つまり、民主主義というものが日本にとっては最も大切なもので、それを上回るものが勲章であるとするならば自分は受けるわけにはいかないということを言いたかったのだと思います。

勲章をもらって喜ぶこともいいですし、大江さんのように勲章を辞退して社会に対して物事を発言していくのもいい。それぞれにいろいろな考え方があるんだなと思います。

(山田)今回受章された方々は本当におめでとうございます。今日の勉強はこれでおしまい!

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