オタク文化と地酒の融合 情熱店主「萌酒」で発信 鈴木酒店(静岡市駿河区)【記者さんぽ|個店めぐり】

 美少女キャラクターが描かれた日本酒に、店内に所狭しと並ぶフィギュアやアニメ画。静岡市駿河区の鈴木酒店は、全国的にも珍しいオタク文化と地酒の融合を目指した酒屋です。アニメやゲームのオタク歴40年以上という店主の鈴木誠さん(47)が取り組みに込めた熱い思いを語ってくれました。

美少女キャラクターを描いた萌酒が並ぶ店内=静岡市駿河区の鈴木酒店
美少女キャラクターを描いた萌酒が並ぶ店内=静岡市駿河区の鈴木酒店


 ■ラベルに美少女キャラ描いた「萌酒」
 JR静岡駅から東へ約1・5キロの閑静な住宅街の中にある鈴木酒店。店に入り、まず目に入るのが、「萌酒(もえしゅ)」と呼ばれている店オリジナルラベルの地酒です。鈴木酒店が創業した昭和元年(1926年)当時に建てられたという古風な建物と2次元キャラたちのコントラストが際立ちます。

photo01 住宅街の中に建つ鈴木酒店
photo01 静岡萌酒綺譚シリーズ
 萌酒「静岡萌酒綺譚(きたん)シリーズ」は7種類。地酒の高砂(富士宮市)、臥龍梅(静岡市清水区)、英君(同)、天虹(静岡市駿河区)、杉錦(藤枝市)、志太泉(同市)、花の舞(浜松市浜北区)の各銘柄で構成しています。瓶のラベルには、鈴木さんが考案した美少女キャラクターが大きく描かれています。キャラにはそれぞれ細かい設定があり、お酒の味や特徴を表しているといいます。優しい口当たりの酒は癒し系のキャラ。すっきりとした味わいはボーイッシュ系。辛口だけど香りが甘い場合はツンデレ系といった具合です。

photo01 萌酒を手にする鈴木さん
 鈴木さんがキャラクターの原案を考え、同人誌などで作品を発表しているアマチュア作家にイラスト化を依頼します。出来上がってきたイラストをベースに、ウェブ制作の経験がある鈴木さんがデザインを完成させます。商品にはキャラのプロフィールカードも入っていて、性格などが細かく設定されています。鈴木さんは「オタクだからこそ作ることができる、オタク心をくすぐる商品になるよう心掛けた」と話します。
 萌酒シリーズは10年ほど前にスタートさせ、少しずつ種類を増やしてきました。現在も県内外のファンが店頭や店の通販サイトで萌酒を買い求めます。キャラの関連グッズを販売したり、プラモデル企業と連携して数量限定の萌酒をつくったりと、取り組みは広がりを見せています。
 ■店主はコスプレ好きのオタク
 鈴木さんは小学生のころから、ジャンルを問わずゲームやアニメに熱中してきたといいます。高校卒業後、進学のため上京すると、オタク熱はヒートアップ。同人誌の販売会に毎週のように参加し、東京ビッグサイト(東京国際展示場)で開催される世界最大の同人誌即売会「コミックマーケット」にも好きなキャラクターにコスプレして欠かさず参加しました。

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学生時代の鈴木さん。コスプレにはまっていた(鈴木さん提供)

 15年ほど前、家業を継ぐために、都内で勤めていたIT関連会社を辞めて地元に戻りました。店を継ぐまではお酒をあまり飲まず、詳しくなかったという鈴木さんですが、日本酒の勉強をするようになってから、静岡県の地酒のレベルの高さに驚いたといいます。
 静岡は1970年代まで酒どころとしては無名でした。しかし、静岡県が、フルーティな香りが特徴のオリジナル清酒酵母「静岡酵母」を開発し、もともと数が多かった造り酒屋が一般酒から吟醸酒造りに舵を切ると、状況が一変しました。1986年の全国新酒鑑評会で静岡の酒が金銀17賞を獲得するなど業界を席巻。首都圏への出荷も増え、「吟醸王国静岡」としての地位を確立していきました。
 「このおいしいお酒を知ってもらうにはどうすればいいか」と考えた鈴木さん。自らがそうだったように、日本酒のことはよくわからない、敷居が高いと感じている日本酒未経験の人たちにとって、手に取りやすい商品の開発を目指しました。
 ■静岡土産の定番に
 鈴木さんは「オタクな人は趣味にお金を使いがち。オリジナルキャラの商品にお金を使ってくれるのか」と不安もあったといいます。しかし、「まずは私自身が納得いく商品を」と細部にこだわった結果、作り込んだ世界観が少しずつ評判を呼び、新規客が増えていきました。
photo01 臥龍梅をイメージした萌酒キャラ「臥龍院静」
photo01 日本酒と一緒に入っているプロフィールカードにキャラの設定が細かく記載されている
 特に、毎年5月に静岡市駿河区のツインメッセ静岡で行われる静岡ホビーショーの来場者と相性が良かったといいます。会場と店が近いこともあり、イベント開催中の店内は、静岡土産として買い求める人たちで賑わいました。鈴木さんは「萌酒によって店の売り上げがすごく上がったわけではないが、楽しんでくれるお客さんがいて、一定の成果はあった」と手ごたえを口にします。
 ところで、オタクを前面に打ち出すことで、関心のないお客が敬遠するということはなかったのでしょうか。鈴木さんは「オタクに関心が低い人はすっと通常のお酒売り場の方に行く。売り上げが落ちたとか、お客さんが減ったということはない」と話しました。

photo01 静岡の地酒が揃う店内
photo01 鈴木さん手作りの日本酒の分析カード

 店内には通常ラベルの地酒も充実していて、飲んだことがない人でも味を想像しやすいようにと1本1本に、鈴木さんが手作りしたお酒の味や香り、酸度などの分析表が掲げられています。そもそも、蔵元の理解なしに、店のオリジナルラベルをつくることはできません。伝統ある日本酒の世界とオタク文化を融合させようという試みは一見、奇抜に見えますが、「静岡の地酒を多くの人に知ってほしい」という鈴木さんの情熱と真摯な姿勢が周囲の共感を生み、前例のない企画が次々と誕生しているように見えました。
 ■イベント好きの一面も
 オタクと聞くと、社交的ではないイメージもありますが、鈴木さんは「お酒は本来、わいわいとみんなで楽しく飲むもの」と、イベントを企画することが大好きです。店の奥にある座敷部屋で、季節のお酒やひとつの銘柄のお酒を飲み比べるイベント「裏鈴木酒店」はこれまでに150回以上開催しました。新型コロナの影響で休止していますが、再開を心待ちにしているお得意さんも多いといいます。

photo01 店のお得意さんを集めて開催する「裏鈴木酒店」(2019年2月撮影、鈴木さん提供)

 〈鈴木酒店〉静岡市駿河区豊原町9の20。電話054(285)1926。営業時間は午前9時~午後8時(日曜・祝日は午後7時まで)。年中無休。

 ※【記者さんぽ|個店めぐり】は「あなたの静岡新聞」編集部の記者が、県内のがんばる個店、魅力的な個店を訪ねて、店主の思いを伝えます。随時掲載します。気軽に候補店の情報をお寄せください。自薦他薦を問いません。取材先選びの参考にさせていただきます。⇒投稿フォームはこちら

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