趣向凝らした手持ち花火 コロナ禍で人気に 井上玩具煙火(島田市)【記者さんぽ|個店めぐり】

 夏の風物詩として親しまれ、コロナ禍でも家族で楽しめると人気の手持ち花火。国内の主な生産地としては、江戸時代に徳川幕府の火薬製造所があったことをルーツに持つ愛知県岡崎市などが有名ですが、国内トップシェアを持つ企業は、実は静岡県島田市にあることをご存じですか? 「井上玩具煙火」はコロナ禍の2020年と21年、ブランド花火シリーズ「義助(よしすけ)」と「結華(ゆっか)」を相次いで販売し、その高い趣向性が注目を集めています。優雅な時間と空間を演出する高級手持ち花火の魅力について、開発した同社企画開発室長の井上慶彦さん(30)に話を聞きました。 (※文末と関連リンクで動画をご覧になれます) 

コンセプトは「伝統美」と「花束の贈りもの」

高級手持ち花火セット「義助」に含まれる花火「神威」(井上玩具煙火提供。撮影・金武武さん)
高級手持ち花火セット「義助」に含まれる花火「神威」(井上玩具煙火提供。撮影・金武武さん)

 20年6月に販売開始した「義助」は5本セットで3300円(税込み)。竹ひごや針金に火薬を塗った手持ち花火の一種「スパークラー」に分類されます。戦国時代から江戸時代にかけて、島田で活躍した刀鍛冶師の名前を取り入れました。
 江戸時代、東海道島田宿を訪れた旅人たちが楽しんだとされる伝統花火「和火」を再現した「粋(いき)」、「華(はな)」、「極(きわみ)」の3本と、立体感のある花火が楽しめる「神威(かむい)・金」、「神威・銀」の2本で構成します。
photo01 高級手持ち花火セット「義助」
 和火の3本は、徳川家康も駿府城で楽しんだと伝わる黒色火薬を使用しています。火花がしだれるように噴き出すとともに、配合した火薬マグナリウム(アルミニウムとマグネシウムの合金)が周りでパチパチと弾け、華やかな風情を演出します。3本とも火薬の種類や配合比率を少しずつ変えていて、火花の噴き出し方や色味など趣の違いを楽しむことができます。
 「神威」の2本は球体が串刺しになったような形が特徴。外見は異なりますが、同じ内容の花火です。金色の火花が球体に沿って放射状に広がり、花が咲いているかのように輝き続けます。井上さんは「日本の花火が本来持つ美しさ、わびさびの世界観を現代の技術を駆使してよみがえらせた」と話します。
photo01 「義助」に含まれる花火「極」
photo01 「義助」に含まれる花火「粋」
 「結華」は21年7月に発表しました。「義助」のコンセプトが伝統美なのに対し、「結華」のコンセプトは「大切な人に贈る花束のような花火」。外観はピンク色を基調にしたパステル調で、使用するまではインテリアとしても楽しんでもらうことを想定しています。手持ち花火に「飾る」という新たなスタイルを提案しました。
photo01 高級手持ち花火セットの第2弾として発売した「結華」
photo01 「飾る」花火として提案している
 花火は「灯(ともしび)」2本、「夢染(ゆめそめ)」、「陽炎(かげろう)」、「花明り(はなあかり)」の5本セット。それぞれ金、紫、オレンジ色の火花を放ち、柔らかい光と音色が辺りを包み込みます。1セット3800円(税込み)です。
photo01 「結華」に含まれる花火「陽炎」
photo01 「結華」に含まれる花火「灯」
photo01 「結華」に含まれる花火「夢染」

新たな付加価値を


 井上玩具煙火がつくる手持ち花火は問屋を通じ、全国の量販店やコンビニ「セブン‐イレブン」などで販売されていますが、一般的な種類のセット販売が中心で、自社を代表するブランド商品と言えるものがありませんでした。
 井上吉勝社長の長男の井上さんは金融機関での勤務を経て2018年に入社しました。「夏場、クーラーも扇風機もつけられない工場で職人が懸命につくった花火が、名もない1本として売られていく」ことに歯がゆい思いを感じていたといいます。「手持ち花火に新たな付加価値をつけ、会社のアピールにもつながれば」と、制作背景に物語性を持ち、技術的にも趣向を凝らした高級花火の研究に着手しました。
photo01 島田市にある井上玩具煙火の本社
photo01 井上玩具煙火が製造している手持ち花火セット
 研究を始めた当初は高級路線に対し、社内外から「売れるのか」と反対の声があったといいます。井上さんは社名を世間に認知してもらうことの意義を丁寧に説明しました。花火の長さを30センチと短めに統一し、手土産として購入しやすくするなどコンセプトを明確にして、商品化にこぎつけました。
 「義助」を販売すると、井上さんの予想以上の反響がありました。全国各地から問い合わせや注文が相次ぎ、初年度から販売目標を達成。「義助」の好調な売れ行きを受けて、「結華」をリリースした21年度は、お中元や引き出物としての引き合いが強まりました。「結華」は特に女性に好評で、井上さんは「販路開拓につながった」と手ごたえを感じています。
 ちょうど、コロナで打ち上げ花火大会が相次いで中止され、自宅で少人数で楽しめる手持ち花火に注目が集まっていた時期で、井上さんは「タイミングもよかった」といいます。

 

安価な中国産が市場席巻


 日本煙火協会などによると、国内の手持ち花火市場は、1965年ごろから安価な中国産が流通するようになり、現在では9割以上が海外製品だということです。少子化の影響のほか、花火で遊べる場所が少なくなったり、子どもの遊びが多様化したりしたことで、市場自体も縮小傾向が続いています。コロナ禍で、手持ち花火の需要は高まりましたが、この流れが今後も続くとは限りません。
 井上さんは「島田で生産された花火を地元の人にこそもっと知ってもらいたい」と話します。近年人気のグランピングなどアウトドアシーンでの活用を提案したり、地元企業と一緒にオリジナル花火の開発に取り組んだりして、地域全体で手持ち花火に目を向けるきっかけを増やしていきたいといいます。静岡県内唯一の手持ち花火メーカーとしてこれからも挑戦を続けます。
photo01 高級手持ち花火シリーズを開発した井上さん

 〈井上玩具煙火〉島田市中河町9005。創業1926年。電話0547(37)2460。「義助」、「結華」は自社ホームページを通じて販売しているほか、島田市の観光案内所「おおいなび」や静岡市駿河区の「駿府の工房 匠宿(たくみしゅく)」で取り扱っている。

 ※【記者さんぽ|個店めぐり】は「あなたの静岡新聞」編集部の記者が、県内のがんばる個店、魅力的な個店を訪ねて、店主の思いを伝えます。随時掲載します。気軽に候補店の情報をお寄せください。自薦他薦を問いません。取材先選びの参考にさせていただきます。⇒投稿フォームはこちら

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