大隈重信から興津の井上馨へ 選挙協力乞う手紙発見 専門家「往時しのぶ貴重な史料」

 東京専門学校(現在の早稲田大)を創設したことで知られる大隈重信(1838~1922年)が、現在の静岡市清水区横砂東町の別荘「長者荘」に滞在していた井上馨(1835~1915年)に宛てた手紙がこのほど見つかった。選挙への協力を乞う内容で専門家は「井上や西園寺公望といった元老が滞在していた興津の往時をしのぶことができる貴重な史料」としている。

大隈重信が興津の別荘にいた井上馨に宛てた手紙の封筒
大隈重信が興津の別荘にいた井上馨に宛てた手紙の封筒
大隈重信が井上馨に宛てた手紙の最後の部分
大隈重信が井上馨に宛てた手紙の最後の部分
大隈重信が井上馨に宛てた手紙
大隈重信が井上馨に宛てた手紙
大隈重信が興津の別荘にいた井上馨に宛てた手紙の封筒
大隈重信が井上馨に宛てた手紙の最後の部分
大隈重信が井上馨に宛てた手紙

 手紙は名古屋市名東区の税理士寺西利夫さん(67)が6~7年前にオークションで購入していた。毛筆で書かれているため内容が分からず、愛知東邦大の増田孝客員教授に現代語訳を依頼した。封筒の表には「静岡県興津 井上侯爵閣下」と宛名が記され、裏には「東京 大隈重信」とある。手紙の最後には日付と「重信」の署名が記されている。寺西さんによると、大隈が盟友井上に政治的協力を求めた内容とみられる。三井財閥の実業家として知られる團琢磨の名前も見て取れる。
 清水の古文書調査を手がけている豊橋市図書館の岡村龍男学芸員によると、井上に関する史料はこれまでも地元で発見されている。ただ、散逸したり失われたりしている例も多い。岡村学芸員は「ともに歴史上の偉人の大隈から井上に宛てられた手紙は、当時の興津と中央政府の関係を考えるうえで重要な発見」と解説する。

増田孝愛知東邦大客員教授の現代語訳

 寒さの厳しくなる毎日ですがお変わりなくいらっしゃいますか。さて、私的なことでは、常に厚くご同情、ご援助下さり、感謝申し上げます。ところで、一両日前、三井家の團と早川氏に来邸してもらい、時局に関して細かく意見を述べました。続いて総選挙に関して、援助をしてほしいと話しておきました。いずれ両氏から閣下にも相談があると思いますので、もし相談があったならば、十分な援助をして下さるよう、頼んでいただくよう切望いたします。国家の大事を眼中に置かない政党に対しては、この際、なんとしてでも大打破をしなくてはならぬはずです。十分にご理解なさってご援助を心よりお願い申し上げます。とり急ぎましてお知らせかたがた、申し上げます。

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