時論(12月23日)美術館「ユニバーサル」の実績

 生まれて初めて、目を閉じて映画を観賞した。ヴァンジ彫刻庭園美術館(長泉町)が開いた、視覚障害者の美術鑑賞が主題のドキュメンタリー「手でふれてみる世界」の上映会で、音声ガイドを利用した。「チューブに入った女の彫刻。見えるのは顔と足の裏」-。イヤホンから流れる声が、スクリーンの出来事をつぶさに伝える。
 大手映画会社などでつくるNPO法人メディア・アクセス・サポートセンター(MASC[マスク])によると、2021年公開の邦画490本のうち、80本には音声ガイドが用意されていた。統計を開始した12年は554本中の6本だったというから、大幅な伸長である。
 MASCは「すべての人が映像作品に何不自由なくアクセスできる環境」という目標を掲げる。一方、博物館の世界でも近年「ユニバーサル・ミュージアム」という考え方が浸透しつつある。視覚障害者らを念頭に「誰もが楽しめる博物館」を目指す。
 キーワードは「触察」。タブーだった「触れて楽しむ」環境を整えることが眼目で、晴眼者も新しい作品解釈の機会が広がる。映画「手で-」は全盲の夫婦がイタリア中部に設立したオメロ触覚美術館が舞台で、触察のありようが生き生きと描かれている。
 ヴァンジ館はオメロ館に学び、「触れて楽しむ」施策を次々実現させた。学芸員による対話ツアー、視覚障害者のためのスマートフォンアプリ導入が代表例。ユニバーサルを恒常的に実践する館として、全国から注目を集める。
 静岡県への譲渡を要望するヴァンジ館は、25日まで開館した後、いったん閉じる。ユニバーサルに向けた実績と、人的資源が備わった館は希少だ。博物館の価値は、展示作品だけではない。

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