浜松・原田橋崩落事故8年 風化懸念、教訓と記憶「伝承したい」

 浜松市天竜区佐久間町の天竜川に架かる国道473号「原田橋」が崩壊し、市職員2人が死亡した事故から31日で8年。再建した原田橋は2月で完成から3年を迎える。地元の念願だった新たな橋は既に日常の風景となり、交通網が安定した一方、一部の地域住民は事故の風化を懸念し、教訓を伝承する必要性を訴える。

完成から2月で3年を迎える原田橋。地元の交通網として定着し、日常の風景となった=28日、浜松市天竜区佐久間町
完成から2月で3年を迎える原田橋。地元の交通網として定着し、日常の風景となった=28日、浜松市天竜区佐久間町

 原田橋は、2015年1月31日午後5時10分ごろ、橋付近の山の土砂崩れによって市が建設を進めていた新橋とともに崩落した。
 同町川合地区の山下邦敏自治会長(71)は事故が起きる数年前、かすかな予兆に触れた。車で原田橋を通過した直後、にぎりこぶし程度の石が「ガツン」とフロントガラスに直撃した。山の斜面から土砂が度々降ってきていた。山下さんは「元々危険な場所。『もっと下流に橋を架けてほしい』と地元住民側は市に何度も要望していた」と話す。声は届かず、建設中の橋も崩れた。
 現在の原田橋は、地元住民が元々望んでいた場所に建つ。山下さんは「地元住民の意見を踏まえた上で進めるべきだった」と強調した上で、「事故について話せる機会があれば話したいと思う」と記憶の継承を望んでいる。
 事故当時、市議だった佐久間地区自治会連合会の大見芳会長(69)は「風化させてはならない事故だ」と話す。事故直後、遺族から「(新橋を)早く建ててほしい」と力強い声で託されたことを思い出す。大見さんは「コスト面を優先に考えたことが裏目に出た問題。この教訓を生かさないといけない」と述べた。

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