難聴児、聞けて話せる 人工内耳や補聴器、療育で増加 「通常学級で聴覚使って」 医師が就学助言活動

 人工内耳や補聴器の早期装用、適切な療育によって聞けて話せる難聴児が増えている。一方で、聞けて話せるため通常学級へ就学できると考えられる難聴児でも通常学級を選択していないケースがあることを県内の耳鼻科医らが問題視し、就学先を判断する保護者や就学支援委員会に医学情報や医師の意見を伝えて活用してもらおうと動いている。

口話やキューサインなどを使った授業を行う県立静岡聴覚特別支援学校。子どもたちの聞こえの状態はさまざまだ=2月下旬、静岡市駿河区(写真の一部を加工しています)
口話やキューサインなどを使った授業を行う県立静岡聴覚特別支援学校。子どもたちの聞こえの状態はさまざまだ=2月下旬、静岡市駿河区(写真の一部を加工しています)

 「音声言語の獲得には聴覚活用を主にした療育が欠かせない」。人工内耳手術の実績を持ち、難聴児の支援体制構築に取り組む県立総合病院の高木明医師は語気を強める。難聴児支援の先進地・オーストラリアでは聴くことを重視した早期の介入で大きな成果を上げている。
 口話のほか、口形や手の動きで日本語の音を表す「キューサイン」、手話を授業で取り入れる特別支援学校では、聞けて話せる難聴児によっては聴覚活用が十分できていないのでは-。耳鼻科医らは、聞けて話せる難聴児の一部は早期から聴覚をフル活用する通常学級で学ぶ必要性を訴える。
 支援策の一つとして、難聴児が5歳時に精密聴力検査機関を受診した際、聴覚や発達の詳細な検査結果と就学先に対する医師の考えを記した意見書を保護者に渡す方法を考えた。県教委は耳鼻科医らから就学支援委員会への意見書導入の依頼を受け、1月下旬に各市町教委に周知した。だが、活用するかは市町教委の判断だという。
 就学支援委員会ではこれまでも医学的な観点から検討がなされてきたが、参加医師の中には「就学先を判断できるほどの情報がなかった」という声もあった。静岡市特別支援教育センターは「医学的根拠のある意見で判断の精度が上がればありがたい」と活用する姿勢を示す。
 一方で県教委特別支援教育課は「参考にするが推奨はしない。医師の意見は重く、判断時に引っ張られるのではないか」と懸念も示す。「騒がしい教室での聞こえは病院での検査結果と異なる場合がある。聞こえの状態だけでなく、授業についていけるかなど総合的に判断する必要がある」と話す。
 活動を主導する県耳鼻咽喉科医会福祉医療委員長の植田宏医師は「就学判断に悩む保護者に医師の意見を直接伝える機会にもなる。通常学級で手厚くフォローし、耳を使う環境に慣れてコミュニケーションを育んでほしい」と願う。

保護者「医師意見は判断材料」
 難聴児の就学先を決めるにあたり、判断に悩み精神的な負担を感じる保護者は少なくない。県内の聴覚特別支援学校の幼稚部に通う息子(6)がいる母親は、耳鼻科医らが就学先に関して意見書を活用してもらおうと動いていることに「一つでも多くの判断材料があると、気持ちが楽になる。ありがたい」と語る。
 補聴器を装用する息子の希望もあり、4月から通常学級へ通うことを決めた母親は「聞こえにくいことでトラブルが起きないか心配。子どもが傷つくのが怖い」と胸の内を明かす。地域のこども園での交流で聞こえにくさを感じた息子は当初、特別支援学校小学部への就学を希望していたため、母親も「支援学校に残る方が親も楽」と小学部に進むつもりだった。
 一方で「将来を考えると、本人が苦労しても通常学級に出した方がいいことは分かっていた。でも勇気が出なかった」と打ち明ける。その後、健聴児との交流で楽しさを感じた息子の気持ちに変化があり、主治医の言葉にも背中を押されて通常学級への就学を決めた。
 母親は「親の考えで就学先が決まるのはとても負担。医師の客観的な意見がもらえるのはありがたい」と受け止める。

「通級指導教室」 高まるニーズ
 難聴児が通常学級に在籍しながら、放課後に心理的なケアや言語・教科の指導などを受ける通級指導教室のニーズが高まっている。今後、通常学級へ進む難聴児が増えることが見込まれる中、通常学級でのフォローを含めた一層きめ細やかな支援が求められる。
 県立静岡聴覚特別支援学校(静岡市駿河区)は通級指導教室を同校のほか、島田市と牧之原市にサテライト教室を設ける。小中学生21人が通い、来年度はさらに11人増える予定だ。同校教員が、子どもたち自身の難聴に対する理解を促したり、通常学級で聞こえにくい時の対応を一緒に考えたりしている。
 連絡帳を通じて在籍校の担任と情報共有し、在籍校に出向いて人工内耳や補聴器による聞こえの状態の説明や環境づくりの助言も行う。
 同校の松本仁美校長は「指導教室は一層充実させる必要がある。一方で教員の人員面などの課題があり、今後の特別支援学校の在り方にも関わるだろう」と話す。

 就学支援委員会 県内の市町教委に設置され、保護者の意向を聴取し、児童生徒の障害の程度や能力に応じた就学先を決定する。医療、福祉、教育など特別支援に関わる専門家で構成される。政令市を除く市町の同委員会は審議結果後、必要に応じて県の同委員会に助言を求め、市町の委員会が最終決定する。

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