静岡市に「しずおか自主夜間教室」 民間の学びの場、よりどころに 年齢、国籍、不登校など背景はそれぞれ

 「自主夜間中学(教室)」。公立の夜間中学とは異なる民間団体による学びの場だ。静岡県内では元教員が静岡市葵区で2020年に「しずおか自主夜間教室」を設置し月に2回活動をしている。年齢や国籍、不登校や形式卒業者など状況が異なる人たちのよりどころになっている。

しずおか自主夜間教室で学ぶ外国人の小学生。この日は算数の九九の読み方などを学んだ=2月下旬、静岡市葵区
しずおか自主夜間教室で学ぶ外国人の小学生。この日は算数の九九の読み方などを学んだ=2月下旬、静岡市葵区
しずおか自主夜間教室の活動の意義を語る角替弘規教授=静岡市駿河区の県立大
しずおか自主夜間教室の活動の意義を語る角替弘規教授=静岡市駿河区の県立大
しずおか自主夜間教室で学ぶ外国人の小学生。この日は算数の九九の読み方などを学んだ=2月下旬、静岡市葵区
しずおか自主夜間教室の活動の意義を語る角替弘規教授=静岡市駿河区の県立大

 「いつも問題をありがとう。こんなにぜいたくな事ないわ、3人に教えてもらって」
 3月上旬の学習会で、利用者の女性(75)は指導ボランティアの女性たちに声をかけた。「勉強をしてこなかった。漢字から学びたい」と同教室に通い始め、今は古典「枕草子」や漢字検定の問題集に取り組んでいる。担当ボランティアは数人いて、毎回机を囲んで、朗らかな談笑の声が響く。
 不登校の女子中学生もよく通う1人だ。自律神経系の異常で脳に血流がうまく流れず、立ちくらみや頭痛を起こす「起立性調節障害」に小学高学年から悩まされている。朝に体調が悪く夕方から回復するため日中が主軸になる学校生活が難しい。母親は「娘の体調に合う時間帯で、不登校の子が通える場所がなく、探し出して通っている。夜間教室はいつも話し声が絶えない明るい場所。最初はまぶしく感じたけれど、今は娘が誰かとのつながりを感じられる場所になっている」と話す。
 外国人は幼児から大人までと幅広い。小学生の子が利用するスリランカ人夫妻は「九九などは読みが独特で、自宅で教えることができない。このような場があってありがたい」と話す。
 同教室は元教員の深山孝之さんと肥田進さんが20年9月に発足させた。利用登録者は20人。ボランティアは元教員や高校生、大学生など30人いる。運営側は教員や福祉関係者、大学生などで、それぞれの職域で勧めたい人がいた場合に連れてきて、定着するケースが多い。水産業に就いた外国人にすしの種類を教えるなど、個別に内容を分けたマンツーマン体制の学習を行う。
 学びのほかゲームなど交流の時間を設けている。深山さんは「通ううちにだんだん表情が柔らかくなっていく。打ち解けると話し好きな人が多い」と話す。肥田さんは不登校の児童生徒が過去最多を更新し続ける現状に触れ、「学校で集う、分かる、伸びる楽しさを子ども自身が実感する機会が減っている。なぜ学校とは違う居場所を求める子が増えているのか、問題提起したい」と話した。
 両代表によると、「しずおか」のような民間の夜間教室は全国に60カ所以上ある。16年の教育機会確保法は公立夜間中学の受け入れを促進する趣旨だったが、民間も活気づくきっかけになった。公教育から離れた人、離れるリスクがある人の受け皿や、社会との接点を創出する場としての機能を目指している。
 深山さんは「公立のように毎日行うことはできないが、民間だとマンツーマン体制で学習内容が個々に設定できるのが強み。多様化しているニーズに対応しやすい」と意義を語る。

静岡県立大食品栄養科学部 角替弘規教授 孤立防ぐ社会的包摂も
 学校教育から遠ざかった人や、そのリスクがある人たちが「学ぶ」ことにはどのような意味があるのか。「しずおか自主夜間教室」の理事で、識者の立場で活動を分析している県立大食品栄養科学部の角替弘規教授(教育社会学)に聞いた。
 ―しずおか自主夜間教室の意義とは。
 「学びの機会や社会とのつながりを提供する場。教育制度から離れたままの人は職場や生活で孤立しやすい。教室はそうした人たちの教育機会の確保と、社会的包摂の両面からアプローチできる。学校環境を見ると不登校者は過去最多を更新し続け、形式的卒業者は増加している。学齢期を終えた後の社会生活をどのように保証するか、どう孤立から防ぐか。社会全体で真剣に考える時が来ている」
 ―運営の狙いは。
 「一つ目は学ぶ機会の確保。形式卒業者が社会に出て仕事をするなら知識や技術の習得が欠かせないが、本人が費用を用立てすることは困難だ。学校以外に、経済力に関係なく学べる教育環境を整えることこそ、社会教育が果たすべき役割といえる。二つ目は、本人が悩みを語った場合、手助けできる体制づくり。職場などで皆ができる作業が自分だけできないと感じている人は少なくない。そうした人は自己否定から周囲に心を閉ざしがちになる。教室での交流を通じて『話してもいいかな』と思ってくれれば、次の支援につながる」
 ―ボランティアの様子は。
 「教室ではボランティアと利用者の立場が支援する・しないの立場に分離しないよう、隣り合って対話することを念頭に置いている。利用者の中には学校特有の教える、教わるの上下関係が苦しかった人もいるかもしれない。ボランティアもその点をよく理解していて、友だちのような雰囲気で接している。困難を抱えてきた学習者との関係を構築し、もう一度社会を信頼する場所となるよう目指している」
 ―課題は。
 「潜在的な学習ニーズを抱えている人の掘り起こし。学校現場との連携が必要だ。また学習者は仕事の関係などで目前の課題の解消を目標とするが、目先だけ見ず体系的な知識を得るよう、視野を広げていくような指導の工夫が求められる。最後に財政面。場所の確保や教材準備など、市民活動ゆえの費用の工面は全国的な民間の夜間教室の共通の課題といえる。教育機会確保法の施行もあり、公益性が極めて高い点からも何らかの措置が講じられるべきではないか」

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