作家の“命題”菊池寛に共感 門井慶喜さん「文豪、社長になる」
日本の郵便制度を設計した前島密を描く静岡新聞本紙連載小説「ゆうびんの父」を執筆中の直木賞作家門井慶喜さんが、駿府博物館(静岡市駿河区)で個展を開催中の画家山田ケンジさんとの対談企画で本社を訪れた。インタビューに応じた門井さんが、出版社「文芸春秋」の創設者で作家の菊池寛を題材にした新刊「文豪、社長になる」の背景を語った。
伊藤博文が主人公の「シュンスケ!」(2013年)を皮切りに、宮沢賢治の父政次郎にスポットを当てた直木賞受賞作「銀河鉄道の父」(18年)をはじめ、歴史小説を次々発表している。「文豪―」は、外部の要請を受けた人選。初めての試みだったという。
「文芸春秋から、100周年に合わせて書いてほしいと依頼されました。一企業の100周年だから責任重大。でも、菊池寛はもともと好きで主要作品は全部読んでいたし、出版史について一通りの知識もある。僕の題材だなと感じて、やりますと返事をしました」
全編で菊池の生涯をたどる同作は、5話の短編を連ねている。例えば、第1話は芥川龍之介との交流と雑誌「文芸春秋」の創刊を描く。部下の裏切りに直面する第3話「会社のカネ」はさながら経済小説の様相。第4話「ペン部隊」は太平洋戦争前夜の好戦的な社会の空気を真摯[しんし]に伝える。
「菊池寛は活躍が多面的な人。時系列順に長編の形で書くと、混沌[こんとん]としてしまう。明快にテーマを分けた方が、その多面性が分かりやすく伝わるだろうと戦略的に考えたんです」
他の作品と同様、執筆に当たって大量の資料を読みこんだ。
「菊池は出版界にいて、自分もたくさん原稿を書いている。だから膨大に資料がある。今回は、読んだ資料を捨てる作業がほとんどだった気がします」
作品を書き終え、菊池の印象に変化があったという。
「作家である以上、売れなくていいというのは無責任。でも大衆に迎合はしたくない。矛盾する命題ですが、(菊池とは)その点で共感できるものがありました。小説を書きながら、書いている対象に勇気づけられるという不思議な感覚を得ましたね」
(教育文化部・橋爪充)