核廃絶へ決意新たに ビキニ事件市民集会 焼津

 米国の水爆実験によって1954年3月に焼津港所属の遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が被ばくしたビキニ事件を語り継ぐ「第39回6・30市民集会」が30日、焼津市三ケ名の焼津文化会館で開かれた。市民らが核兵器廃絶や平和への実現に向けて決意を新たにした。

第五福竜丸の貴重な写真を見る安田和也さん(右)=30日午後、焼津市三ケ名の市歴史民俗資料館
第五福竜丸の貴重な写真を見る安田和也さん(右)=30日午後、焼津市三ケ名の市歴史民俗資料館

 全員で黙とうをささげた後、運営委員会会長の中野弘道市長が「核兵器のない世界の実現は私たちの共通の願い。核兵器廃絶のあかりをともし続けていくのは焼津市の役割」と平和への思いを語った。羽田明夫教育長は「核兵器の恐ろしさを確認しあい、その廃絶を語り継いでいき、核兵器のない平和な世界の実現に向けてまい進する」と誓いの言葉を述べた。
 第7回焼津平和文化賞で絵画や写真の最優秀賞、優秀賞の作品が会場のスクリーンに映し出され、参加者で平和への思いを共有した。6・30市民集会は政治的な思想、信条に関係なく市民が参加できる催しとして1985年に開始。市が市内各団体と運営委員会を構成し、開催している。

第五福竜丸船長撮影の写真を展示 焼津市歴史民俗資料館
 焼津市三ケ名の市歴史民俗資料館で、焼津港所属のマグロ漁船「第五福竜丸」船長を務めた故・清水昭二さんが撮影した「第五福竜丸事件」前の同船の様子をとらえた写真の展示が始まった。公開に踏み切った昭二さんの長男で同市出身の篤さんは写真を使って記念冊子を作る考えで、制作に当たり、写真の人物に見覚えがある人や当時を知る人といった情報を求めている。9月3日まで。
 展示している写真は、2011年に84歳で亡くなった昭二さんのアルバムに所蔵されていた。昭二さんをはじめ、乗組員が船内でポーズを決めたり、食事をしたり、談笑したりする様子や操業の風景が写し出されている。篤さんによると、事件前の1953年ごろに撮影されたとみられる。
 30日の「6・30市民集会」後に立ち寄った第五福竜丸展示館学芸員の安田和也さんは「操業している第五福竜丸の写真は貴重。展示館も調査に協力していきたい」と語った。
 同資料館は、7月3日から14日と月曜休館。

いい茶0
あなたの静岡新聞 アプリ
地域再生大賞