若者を苦しめる奨学金返済 賃金低迷、インフレ…負担感増す貸与型【ニュースを追う】

 学生時代に利用した奨学金の返済に苦しむ若者が増えている。2人に1人が何らかの奨学金を借り、その多くが返済の必要な貸与型。平均受給額は300万円を超え、返済期間は15年前後に及ぶ。近年は実質賃金の低下で負担感は増し、労働者福祉中央協議会の調査では返済中の3割強が「結婚や出産の人生設計に影響している」と答えた。県内の若手社会人への取材や関係者インタビューから実態を探った。

女性に届いた返済関連書類。完済予定時期(2040年)や借入総額(480万円)の数字が並ぶ=7月、静岡市内
女性に届いた返済関連書類。完済予定時期(2040年)や借入総額(480万円)の数字が並ぶ=7月、静岡市内

遠い完済 募る不安 「人生設計に影響」3割超 photo03
 「手元に残るお金はないですね」
 静岡市内の製造業で働く女性(25)は、月々の懐事情を計算するふうもなく答えた。
 1人暮らしの家賃6万円に食費、携帯代、最低限の美容・衣服代…。これらに奨学金返済の2万円が加わると手取りの18万円は消える。最近は「光熱費の高騰が痛い」と話す。
 静岡大在学時に480万円を借りた。3人きょうだいの末っ子で、上の2人も大学に通い、自身の奨学金利用は自然な流れだったという。
 奨学金が“借金”である現実感を持ったのは卒業直後。自宅に届いた書類に完済時期が2040年とあり、「大きなものを背負ったのだな、と。自然に給料が上がる時代ではないと言われるから、不安」。育った家庭のようにいずれは結婚して子を産み、家も建てたいが、「『なんで両親はできたの?』と思うくらいハードルが高い」と言う。
 日本学生支援機構(JASSO)によると、2020年度の大学生の奨学金利用率は49・6%で、30年前の20%台から大幅に上昇した。この間、給与水準は停滞した一方、税金や社会保険料、大学の学費は上がり続けた。静岡市の女性の同僚で、仕事終わりにアルバイトを入れて返済する男性(25)は「周囲から『大変だね』と言われるけど、借りたものを返す当たり前のことをしている。ただ、返済で苦労する人が昔より増えたと聞くと、『こういう時代になったのはなぜ』と思う」と漏らす。
 岸田文雄首相は6月の国会閉会時に、30年ぶりとなる高水準の賃上げを実現できたと成果を強調した。奨学金返済に関しては「次元の異なる少子化対策」の戦略方針で、月々の返済額を減らし、返済期間を延長できる減額返還制度の拡充などを盛り込んだが、「当事者の実質的な負担は減らない」と抜本的な対応を求める声が上がった。

 <メモ>
 2021年度の国内の大学生の数は283万4千人。統計では、おおむねこの半数が何らかの奨学金を利用している。
 奨学金制度で最も利用者の多い日本学生支援機構(JASSO)によると、JASSOの同年度の貸与型受給者数は有利子、無利子合わせて計115万9千人。
 返済不要の給付型新制度が20年度から導入された。6月に公表された少子化対策の戦略方針は、給付型の対象を世帯年収600万円の中間層まで広げるとした。


終身雇用前提の制度 問題
若者の労働支援に取り組むNPO法人POSSE 岩本菜々さん
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 学費の高騰、低賃金、インフレ-。社会経済のひずみが招いたと指摘される奨学金問題。NPO法人POSSE(ポッセ)=東京=の一員として若者の労働支援に取り組む一橋大大学院生の岩本菜々さん(24)は「困窮者が出るほどで、大きな社会問題」と訴える。その上で、奨学金について「終身雇用を前提とした制度に問題がある」として救済措置の必要性を強調する。
 -若者を取り巻く奨学金の返済事情は。
 「非常に深刻。都内でデザイナーをしていた20代の女性は激務や職場のセクハラが原因でうつ病になり、退職を余儀なくされた。700万円もの返済が残ったが、両親も失業中や闘病中。月3万円の返済額を払える状況になく、どうにもならなくなって相談に来た。首都圏も地方も、同様に追い詰められて駆け込んでくる事例が本当に多い。国の自殺者統計で、自殺の動機に『奨学金返済』の項目が新たに追加されたほど苦しむ人は増えている」
 -なぜこうした窮状が起きるのか。
 「親世代も奨学金制度はあったが、就職できれば返せる時代だった。正社員採用が主流で、終身雇用だったから。でも今は違う。非正規雇用、ブラック企業、賃金の停滞、生活費の高騰…。毎月、何とか返済できても、失業したり、親の介護で休職したりすると、たちまち立ちゆかなくなる。一定の時間がたつと取り立ても始まる。(返済の延滞が)やむを得ない事情であっても、一歩でもレールを踏み外すことが許されないシステム」
 「一般的に奨学金利用が決まるのは高校生のころ。住宅ローンのような審査がなく、将来の分からない人に貸し付けるような制度。返せないリスクを考慮した制度設計が必要で、減免措置を設けるべきだ。国が示した減額返還制度の拡充は返済の先延ばしに過ぎない」
 -POSSEが行う支援とは。
 「これ以上返済が見込めない人には自己破産を提案している。実質的に唯一、借金を帳消しにできる手だて。いったんリセットして生活を立て直すことを助言している」
 「ただ、自己破産への抵抗感は強く、決断できる人は少ない。すると今度は保証人の親に責任が回るが、親も経済的に余裕がないケースがほとんど。家族内で貧困が連鎖する保証人制度も改善の余地がある」
 -岸田文雄首相は打開策の一環として、最低賃金の全国平均を時給千円に引き上げる目標を掲げた。
 「政治は若者のリアルが見えていない。時給千円では月16万円にしかならず、1人ですらまともに生きていけない」
 -どのような展望を描いているか。
 「日本は『借りたものは自己責任』という風潮がある。もちろんそうなのだが、結果として奨学金返済は社会の問題として浸透してこなかった。まずは実態を明らかにし、『それはおかしいね』という空気をつくりたい」
 「(返済に苦しむ)当事者の行動は不可欠。同じように奨学金問題を抱える米国は何十万人という学生がストライキや抗議デモなどを行い、バイデン大統領から『一部帳消し(返済免除)』の発言を引き出した。POSSEも今春、全国の労働組合と協力して『非正規春闘』を初めて行った。非正規社員がそれぞれの会社で団体交渉を申し込み、賃上げ要求したところ、一部で時給アップを勝ち取った」
 -5月にNHKの討論番組に出演し、小倉将信こども政策担当相を前に実態を訴えたところ、SNSで大きな反響があった。
 「みんな社会のあり方に違和感を持っていたのだと実感した。豊かな世の中だと言われるけど、本当にそうなの? という素朴な疑問を大切にしたい。インフレで社会が壊れつつあり、明日の食事もままならない人がたくさんいる。経済成長を追い求める中で現在の生きづらさがある。同世代の人たちに『待っていてもどうにもならない。立ち上がろう』と伝えたい」

 いわもと・なな 1999年生まれ。東京都出身。3年前からPOSSEで活動を始めた。一橋大大学院では社会政策を学ぶ。
(社会部・河村英之)

 

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