先生の残業代 どうあるべき?有識者インタビュー①【賛否万論】

 公立学校教員の給与制度を見直す議論が国レベルで進んでいます。教職は厳格な時間管理が難しいとして、教職員給与特別措置法(給特法)は月給の4%をあらかじめ上乗せして支給する代わりに、残業代を支払わないとしています。教職調整額と呼ばれるこの特殊な規定は近年、学校現場の多忙化により実態に合わなくなりました。待遇の適正な改善は当然の方向性ですが、長時間労働が是正されることも肝要です。“先生”の残業代はどうあるべきか-。県教職員組合の赤池浩章中央執行委員長(58)に見解を聞きました。(社会部・河村英之)

赤池浩章さん
赤池浩章さん
給特法(教職調整額)のポイント
給特法(教職調整額)のポイント
週50時間以上勤務した教論の割合(国の2022年度調査)
週50時間以上勤務した教論の割合(国の2022年度調査)
赤池浩章さん
給特法(教職調整額)のポイント
週50時間以上勤務した教論の割合(国の2022年度調査)


調整額増と働き方改革〝両輪〟 県教職員組合中央執行委員長 赤池浩章さん
 見直しのたたき台とも言える案として、自民党の特命委員会は教職調整額を2.5倍の10%以上に引き上げる提言をまとめました。県教組はどのような立場ですか。
 率直に私たちの考え方とおおむね合致していて、義務教育の大改革につながると期待しています。給特法が学校現場の実情に合っていないことは明らかですし、日本は諸外国の給料と比べても大きく差を開けられています。提言は教職調整額を10%以上にすると同時に、時間外在校等時間(残業時間)を指針上限の月45時間から20時間以内に抑えたい-という内容も盛り込みました。長時間労働の改善策を併せて示したわけです。現行の教職調整額は1971年の給特法制定時に、当時の教員の平均残業時間だった月8時間に相当する4%に設定されました。教職調整額を2.5倍の10%にするから残業も同等(2.5倍)の20時間以内にしましょうというのは理にかなっています。教職調整額のアップという“お金”だけではこの問題は解決しないという認識は、私たちも共通しています。
 (県教組の上部団体である)日本教職員組合は「給特法を廃止して時間外勤務手当を」と主張している点で私たちとやや異なります。一般企業と同様に時間外勤務手当は予算が付きものですから、それを超える残業を強いることはできない、つまり長時間労働が是正されるという考え方です。ただ、これは非常に難しい問題。例えば子育て中の教員が午後5時に退校し、子どもの保育園の迎え、夕飯、風呂、寝かし付けを済ませ、その後、提出物に赤ペンを入れたりテストの採点をしたりするとします。この持ち帰り仕事と同じ作業を残業でやる人は時間外勤務手当が付きますが、自宅でやる人にはおそらく付かないでしょう。教員の業務は裁量権が大きいため、こうしたケースが非常に多くあります。時間外勤務かそうでないかの線引きは困難なのです。
 こうしたことから私たちは教職調整額の引き上げに賛同するのですが、引き上げとセットで実現すべき「月の残業を20時間以内に」には課題があります。既に過去の調査で明らかになっているように、実態として多くの教員が上限の45時間すら超える残業をしています。残業20時間以内を実現するには教職員定数を増やすか、業務の削減、とりわけ持ち授業時数を減らすしかありません。
 そこで県教組が試算したところ、18学級規模の小学校で教員数を3人程度増やし、授業時数を10%減らすと1人当たりの持ち授業時数は20時間以内に収まるだろうという結果が出ました。

 授業数の削減は学力に影響しませんか。
 授業数の10%削減は、いわゆる「ゆとり教育」の頃と似たイメージです。ゆとり教育は批判され、授業数はおおむね学校6日制時代と同水準に戻されましたが、ゆとり教育当時は学力の低下が「懸念される」ことを理由に批判されたのであり、実際に学力が落ちたかどうかは今も検証されていません。ゆとり世代には国内外で活躍する人材が多くいます。また、新型コロナウイルス対応で取られた3カ月間の休校措置では、文部科学省が「学力は落ちなかった」と評価したこともありました。3カ月は1年の25%に相当します。

 多忙とされる現役教員はどのような1日を過ごしているのでしょうか。
 30歳くらいの若手小学校教員から「ICT(情報通信技術)が一気に入ってきて大変」という声を聞きました。新型コロナでGIGAスクール構想が前倒しされ、タブレット端末が導入されました。地元教委に数人の教員が招集され、どのソフトを使うか急いで議論し、決定し、ほかの先生たちに説明する-。タブレットを授業で使った経験もなければ研修をしたこともない、そもそも指導計画や教科書が(タブレット使用を)想定していない。対応が大変なのは明らかです。
 ICTは、ただでさえ忙しくしていた教員らの日常に丸ごと乗っかってきました。先ほど例に挙げた若手教員は毎朝7時前に職場に着くそうです。子どものいない静かな時間帯にやれる準備をするためと言います。そして日中は授業準備、授業、問題行動を起こした子の対応、保護者への連絡-。12時間以上学校にいて、夜遅くなってようやく帰宅できます。
 中学校はまた違った大変さがあります。SNS(交流サイト)の普及で性被害や命に関わる問題は昔と比べものにならないくらい増えました。生徒が小遣い稼ぎで犯罪に手を染めてしまうリスクもゼロではありません。

 学校現場の負担を減らすにはどうすればいいのでしょうか。
 県教組は義務教育標準法を改正して教職員定数を改善し、教員の持ち授業時数を縮減するよう強く求めてきました。2000年代初頭のゆとり教育批判の中、学習指導要領の改訂で授業時数は増やされ、カリキュラムは過密化しました。さらに不登校や登校しぶりへの対応、特休・休職者の増加、教員定数の未配置…。教員が子どもと向き合う時間は極めて少なくなり、子どもたちが忙しい先生から離れていくのは当然です。問題行動、家庭問題にはスクールソーシャルワーカーやカウンセラーが組織的に関わるようにすべきです。人の職業選択の理由はさまざまあると思いますが、教職の場合、自身が子どもの頃に受けた先生の存在はすごく大きい。大人の皆さんにも1人はいるはずです。よく遊んでくれたり、悩みを聞いてくれたり。今はそれができず、先生は憧れの対象でなくなっています。教職離れの解決策として働き方を見直し、教育改革を行うことが極めて重要。引き続き定数改善や指導要領改訂の必要性を訴えていきます。

「定額働かせ放題」のやゆ
 教職員給与特別措置法の教職調整額を巡っては、教員が4%の上乗せ給与とはかけ離れた長時間の時間外勤務をしている実態から、「定額働かせ放題」とやゆされている。教職志望者の減少と教員不足の要因の一つだ。
 国の2022年度の教員勤務実態調査(速報値)では、過労死ラインとされる月80時間超の残業に相当する学校内勤務時間「週60時間以上」の教諭は小学校14.2%、中学校36.6%。指針上限の月45時間を超えることになる「週50時間以上」はそれぞれ64.5%、77.1%だった。文部科学省は働き方改革の成果は見えるとした一方、「依然として長時間勤務が常態化している」とまとめた。
 教職は教員の自発性や創造性が期待される業務が多く、一般行政職のような労働時間の管理はなじまないとされている。給特法はいわゆる超勤4項目(校外実習、学校行事、職員会議、災害対応)を除いては時間外労働を命じてはならないと規定。このことから時間外の授業準備や部活動指導などは超勤4項目に該当せず、「自主的な行動」などと解釈される。

 <メモ>教員の人材確保策を議論する自民党の特命委員会が教職調整額の増額などを提言したのは5月。手当の創設・拡充、支援スタッフの増員なども盛り込み、国費だけで年間約5000億円が必要とされる。
 政府は提言を踏まえ、6月に公表した経済財政運営指針「骨太方針」で給特法について「具体的な制度設計の検討を進め、教師の処遇を抜本的に見直す」と明記した。2024年度中の改正法案提出を目指す方向性も示した。

 静岡県教職員組合 組合員数は約1万3000人。県内の小中学校教職員の約9割が加入している。事務局は静岡市葵区。

 あかいけ・ひろあき 静岡大大学院教育学研究科修了。1988年から2012年まで県東部の複数の公立小学校に勤務し、その後、県教職員組合に。20年4月から現職。富士宮市在住。58歳。

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