先生の残業代 どうあるべき?有識者インタビュー②【賛否万論】

 先週の賛否万論は国レベルで進む公立学校教員の給与制度や働き方の見直しについて、教員サイドの見解を聞きました。今回は教育研究家の妹尾昌俊さん(43)に、委員を務める中央教育審議会(中教審)特別部会での議論の見通しなどを聞きました。(社会部・河村英之)

妹尾昌俊さん
妹尾昌俊さん
給特法(教職調整額)のポイント
給特法(教職調整額)のポイント
妹尾昌俊さん
給特法(教職調整額)のポイント


教員と子どもにゆとりを 教育研究家 妹尾昌俊さん
 永岡桂子文部科学相は働き方改革や待遇改善などの項目を諮問し、6月に特別部会が設置されました。給与制度の見直しでは教職調整額(月給の4%)を引き上げたり、時間外勤務手当を付けたりする案があります。
 まだ2度しか会議を開いていないのであくまで現時点での感触ですが、教職員給与特別措置法(給特法)の問題をしっかり議論する必要がある一方、働き方改革への保護者の理解を得ることや教員定数のあり方など、ほかの重要な検討課題も多くあるという認識の委員は多いのではないでしょうか。
 給特法を含む給与制度の見直しは自民党も立憲民主党もそれぞれ考え方を公表しています。自民は給特法の骨格は維持した上で教職調整額を上げる、立民は給特法を廃止して残業代を支払い、時間外勤務を適正な労働とする-という具合。真っ向から対立しています。
 自民も立民も今の制度のままでいいと思っていない点で共通しています。専門家には、現行制度でも解釈によっては労使間で時間外労働に関する「三六協定」を結び、一定の歯止めをかけながら時間外勤務手当を出せるのではないかという考えもあります。組織や論者によってグラデーションがあり、この問題の複雑さを物語っています。教員定数を充実させるべきだとして署名活動を行っている大御所の研究者もいます。

 どんなに時間外勤務をしても固定額しか支給しない給与制度は「定額働かせ放題」の異名を持ちます。
 いわゆる超勤4項目(校外実習、学校行事、職員会議、災害対応)以外の時間外勤務は労働としてみなされない特殊な規定で、これは確かにおかしいと思います。部活指導やテストの作成・採点、宿題のマル付け、トラブルでの保護者との面談。こういったほとんどが過去の裁判例でも自主的、自発的な活動と判断され、労働基準法における労働とは違うことになっています。当事者たちが(不満を持つなど)感情的になるのは当然です。しかも公立学校に限った規定であり、国立の付属学校は(給特法ではなく)労働基準法の完全適用。なぜ公立だけ特殊なのかの説明は難しく、給特法の基本的枠組みがこのままでいいか、私は疑問です。
 ただ、時間外勤務手当化もバラ色ではありません。教職調整額を廃止した場合、例えば残業しない働き方に改めた人や子育て中、介護中の人は定時付近で帰りますから、基本給は実質ダウンします。一方で育児などの制約がない人は、残業した方が得になるからと長く働こうとするかもしれない。モラルハザード(倫理観の欠如)と呼ばれる問題です。教員の多くの業務は(授業準備や児童生徒のケアなどで)共通しているのに、人によって残業による収入に差が出る可能性があり、本当に望ましい姿でしょうか。こうした不公平さは教職員間の関係性やチームワーキングにマイナスの影響を与える懸念も生じます。もちろん、時間外勤務をしてもしなくても固定額が支給される今の制度にも不公平感はありますが。また、残業代を払うことは長時間労働を許容する面があり、むしろ働き方改革にブレーキを掛ける逆機能もあります。個人的には教職調整額の仕組みを維持した方がいいかなと思いますが、非常に悩ましい問題です。

 業務多忙や給与の不遇から、教職は“ブラック”と評されることがあります。
 教員向け調査では、仕事にやりがいを感じている人がほとんどですが、就職を考える若者にとって今の制度や勤務実態がマイナス材料であることは事実です。「(働く人のやりがいを利用し、不当な条件や環境で働かせる)やりがい搾取」と捉える識者もいます。労働環境も待遇も改善が必要なことは言うまでもありません。6月に公表された経済財政運営の指針「骨太方針」には、かつてないほど学校教育について触れられ、国の意欲を感じました。
 一方で実現にはお金がかかるのも確かですし、あれもこれもできるでしょうか。社会課題は医療や介護など多岐にわたり、教育への国民の関心、応援がないと、予算獲得は難しいと思います。何に優先度を持たせるか。私はこれまでのメディアの論調の多くが、給特法の問題に偏りすぎだと思います。この問題を無視していいとは思いませんが、より優先的に取り組むべきは、各自治体と学校で一層働き方改革を進めること、未来の担い手である子どもたち、教育に投資し、教員定数を改善して一人一人の先生の負担をもっと軽くすること。学習指導要領上の学習内容を精選して1日4時間くらいの授業で済むようにするなど、子どもにも教員にもゆとりを取り戻すことが必要だと思います。

 せのお・まさとし 野村総合研究所を経て独立。一般社団法人ライフ&ワークを起業、代表理事。中教審「質の高い教師の確保特別部会」委員。徳島県出身。43歳。

業務負担軽減へ 静岡県教委注力
 学校現場の多忙化が進む中、静岡県教委は教員の業務負担を軽くするための人員措置や情報共有に注力している。
 提出物のチェック、掲示物の取り換え、花壇の水やりなど、必ずしも教員がやらなくてもよい業務に当たる「スクールサポートスタッフ」を、学校の規模にかかわらず全ての小中学校に配置した。同スタッフは1人当たり週に15~20時間勤務する。
 教育の質向上に向け、「業務改善『夢』コーディネーター」も設けた。働き方に関する好事例を学校間で共有し、全県で展開する狙い。校長が自校の教諭の少なくとも1人を指名する。
 ただ、県内では公立小中学校の教員の人数が本年度当初、定数より84人足りなかった実態が静岡新聞社の取材で明らかになった。不足人員は数年前から増え続けている。若手教員らが精神疾患で療養する件数も急増している。教員を支える人材をいくら確保しても、肝心の教員のなり手が充足しなければ問題の本質は改善していかない。
 県教委は「是正が必要な問題であり、対応を急いでいる」とし、教員免許を持ちながら別の職業に就いている人の掘り起こしを市町教委と行っている。給与制度の見直しを巡り教職調整額を維持するか、時間外勤務手当を付けるべきかなどの案が浮上している国レベルの議論については「賛否や意見を表明する立場にない」(義務教育課)とし、動向を見守る姿勢を示した。

「自主活動」一石投じる判決も 富山
 マニュアルに沿って作業をする職種と異なり、業務の裁量権が大きい教職。厳格な労働管理が難しいため、制度上、時間外勤務の多くは自発的な行為とみなされてきた。そうした中で今月、「全くの自主活動とは言えない」と従来の考え方に一石を投じるような裁判の判決があった。
 富山県滑川市立中に勤めていた40代の男性教諭が2016年、くも膜下出血を発症して死亡したのは長時間勤務が原因として遺族が県と市を訴えた訴訟。3年生のクラス担任の傍ら、強豪ソフトテニス部の顧問を務め、発症1カ月前、2カ月前の時間外勤務は約119時間と約135時間に上り、直前53日間に休日は1日しかなかったとした。
 「(部活指導は教諭の)自由裁量によって行われた」と主張した市に、裁判所は「全くの自主活動の範囲に属するものだったとは言えない」と退け、損害賠償の支払いを命じた。校長は状況を是正する義務を負っていたとも述べた。
 判決に「画期的」「正義の判断が下りた」などの反応がSNS(交流サイト)などで相次いだ。市などが控訴せず、判決が確定したことで行政側の対応を評価する意見も上がった。

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