川越宗一さん 静岡新聞連載小説「パシヨン」単行本化 「一人一人の集積、丁寧に」

 2021年7月から約1年間続いた静岡新聞朝刊小説「パシヨン」が単行本化された。戦国・江戸時代のキリスト教徒の苦難と救済を描いた作品は、キリシタン大名の子孫で渡欧して司祭となる小西マンショ彦七が主人公。著者の直木賞作家川越宗一さんは、初の新聞連載を「一人一人の人間の集積が歴史のうねりになる。その一つ一つを丁寧に描こうとした」と振り返った。

「タイトルの『パシヨン』は連載開始直前に決めた」という川越宗一さん。「主人公の道筋を表す言葉のような気がしたんです」(PHP研究所提供)
「タイトルの『パシヨン』は連載開始直前に決めた」という川越宗一さん。「主人公の道筋を表す言葉のような気がしたんです」(PHP研究所提供)

 直木賞受賞作「熱源」と同様に「価値観の相違」が主題の一つ。織田信長から徳川幕府に至る、正邪の考え方が大きく揺れ動く時代は、ストーリーをつかさどる作家には魅力的に映った。
 「キリストへの信仰を持つ人、持たない人。江戸時代に順応できる人、できない人。二軸が組み立てる四つの象限、世界がある。マンショはそれを全て見られる立場。いい物語になると思いました」
 マンショという人物の存在は人づてに知った。作品では江戸時代最後の伴天連[ばてれん](キリスト教の司祭)として描かれる。イタリアで神学を修めた後に帰朝し、島原の乱にも加わる。
 川越さんは「資料はほとんどありませんでした」と振り返る。「ただ、小説は創造力を尽くした創作。むしろ書きやすいだろうと」
 江戸幕府は「徳川を脅かす者」としてキリスト教徒を徹底的に弾圧する。取り締まる側の、悪魔の所業のような場面も頻出する。太平の世を具現化したとされる「家康の幕府」の、別の顔が浮かび上がる。
 「キリスト教徒にとっては厳しく、苦しい時代だったはず。長きにわたる江戸時代の平和と、それを築いた家康や幕府の功績は称賛されるべきですが、全員にとって完全に正しい考え方、やり方はない。しわ寄せがくる少数の人がいる、という視点を入れたかったんです」
 困難な時代だからこそ生まれる希望に、ほっとさせられる。特に、自己決定の意志を手放さない女性3人の言動は、読み手に勇気を与える。マンショと向き合う幼なじみの女性「末」が見せる笑顔は、「生きるよすが」について深く考えさせられる。
 「大義に向かって力を尽くす人は偉いけれど、ゆっくり日々を過ごせているというのも、生きる動機になると思う。小さな幸せっていうやつですね」
 (教育文化部・橋爪充)

 かわごえ・そういち 1978年、鹿児島県生まれ、大阪府出身。龍谷大文学部史学科中退。2018年に「天地に燦たり」で第25回松本清張賞。20年に樺太アイヌを描いた「熱源」で第162回直木賞。

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