【D自在】「自分事」を載せた辞書があった

 フランス皇帝ナポレオン・ボナパルト(1769~1821年)の名言とされる「余の辞書に不可能という文字はない」。出典や翻訳などに諸説あるようだが、手を隠したポーズとともによく知られる。

平和記念式典で「平和への誓い」を朗読する児童(8月6日)
平和記念式典で「平和への誓い」を朗読する児童(8月6日)
「辞書はどれも似たり寄ったり」ではない
「辞書はどれも似たり寄ったり」ではない
平和記念式典で「平和への誓い」を朗読する児童(8月6日)
「辞書はどれも似たり寄ったり」ではない


 「広島原爆の日」の大自在に、「自分事」という言葉は多用されるが、手元の辞書には載っていないと書いたところ、通称「三国(さんこく)」、三省堂国語辞典の第8版(2022年)にあると教えられた。最近改訂された辞書のチェックに気が回らなかった。知っていたらコラムの切り口や展開は違ったかもしれない。

 拙稿は、児童生徒が平和や核兵器廃絶に目を向けるという文脈では「自分事」が据わりがいいとした。それだけに、掲載当日の式典でこども代表が朗読した「平和への誓い」に使われていたのには驚いた。

 「被爆者の思いを自分事として受け止め、自分の言葉で伝えていきます」

 辞書を「読む」のが楽しみだという人が周囲にも何人かいる。「学者芸人」サンキュータツオさんは、国語辞典の多種多様さを「とにかくいっぱい入るものもあれば、軽量化を志したものもある」とかばんに例える(「国語辞典の遊び方」角川文庫)。

 同じ出版社の「新明解」が語釈の独自性を特徴とするのに対し、「三国」は用例採取主義の元祖とされる。「辞書はかがみ(鏡、鑑)」が編集方針という。

 どの辞書にも「戦争」「平和」はある。それを自分の言葉で子どもに説明できるか。「安全保障」「抑止力」と言葉だけになっていないか。広島の児童は「行動していきます」と誓った。言葉は生きているといわれる。言葉にいのちを吹き込めるか、死語にしてしまうか。使い手次第だろう。
(論説副委員長・佐藤学)

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