論説委員 佐藤学
さとう・まなぶ 1987年入社。取材記者(支局は松崎、藤枝、磐田、掛川)、整理記者、デスクを経て、2014年から論説委員。社説は頭を冷やして、大自在は心を温めて。
-
時論(4月28日)おいしい新茶が飲みたい
静岡県内の一番茶の生産と取引が盛期入りした。緑茶飲料にはない季節感とおいしさを茶葉(リーフ)で楽しみたい。 消費拡大に躍起なのは、ペットボトル緑茶も同じのようだ。大手飲料メーカーはこの春、そろってパッケージや味を一新した。 広く静岡茶、各地の川根茶、掛川茶…。緑茶ドリンクと違い、リーフ茶は産地がブランドになっている。コメやイチゴなどは品種にブランド力を持たせているが、茶は「やぶきた」くらいか。 やぶきたは明治末期、竹やぶを開墾した茶園の北側で見いだされた。原樹と記念茶園が県立美術館(静岡市駿河区)近くにある。収量が多く香気に富む優良品種として県内はじめ全国に普及した。
-
時論(4月24日)「伝わる文章」を書きたい
伝えたいことが伝わっていないことがある。見出し(タイトル)がないためだろうか、1面コラム「大自在」の担当回で指摘されたこともある。 読み方の問題だとスルーせず改めて読み返すと、伝える力不足に気付かされる。そんな時、図書館で「伝わる文章」と表紙にある本に出合えば、思わず手が伸びる。 例えば、向後千春早大教授の「伝わる文章を書く技術」。表紙に「まずは200字から」「型にはめれば、必ず書ける」。半信半疑で開くと、思い当たることばかり。「交流サイトで短いメッセージしか書かないから文章を書く力が落ちる」に同感。「文章を書くと人生が変わる」というのは大げさではないと思う。 この本はコラムやブログの
-
D自在(4月15日)湖西市が全国シェア8割、コデマリの物語
もしここに暴君が現れてすべての書物を取り上げ、1冊だけ許すと言ったら、どの本を残すか―。 「二十四の瞳」で知られる小説家壺井栄(1899~1967年)は、こう夫に問われて即座に牧野富太郎博士の「植物図鑑」と答えた。図鑑から得た知識を知識にとどめず、自分の経験と生活の中に溶かし込んで、花の物語を紡いだ(「わたしの花物語」解説)。 花の名をタイトルにした一連の掌編から「こでまり」(55年)を読んでみた。結核療養所を退院するまでに回復した女性がコデマリの花束を持って訪ねて来る。主人公がこの女性を療養所に見舞った時に持って行ったのがコデマリと赤いカーネーションの花束だった。作中の会話に病への不安
-
時論(3月24日)後継ゾウ問題は皆で考えたい
江戸中期の享保14(1729)年、8代将軍徳川吉宗に献上されるオスのゾウが長崎から江戸まで歩いた。梅雨時で大井川は増水し、大勢の川越え人足が上流で肩を組んで流れを和らげたという。 ゾウは10年ほど浜御殿で飼育されたが餌代がかさみ、成長して気性も荒くなったため幕府にとってお荷物になった。ゾウのふんを薬として売っていた男に金を付けて引き取らせたが、ゾウは2年もせずに息絶えた。象牙は近くの宝仙寺(東京都中野区)に納められた。 異国に連れて来られ、長い距離を歩かされ、好奇の目にさらされ続けたゾウを思うと胸が痛む。 静岡市立日本平動物園は、高齢ゾウの後継を海外から迎えることを断念すると市議会2月
-
【D自在】玉露を「しずく茶」でおいしく
もちろん、わが家には急須がある。驚くことに、それは〝少数派〟らしい。静岡県が昨年度首都圏で行った調査に、自宅に急須があると回答した人は34%(男性の26%、女性の42%)に過ぎなかった。50代は男性の41%、女性の60%。20代は男性の18%、女性の26%。想像以上に「お茶っ葉離れ」は進んでいる。 日本茶の王様とも呼ばれる高級茶が玉露だ。自分でいれたことはなかったが、静岡茶市場(静岡市葵区)が先月開いた「茶いちばまつり」で急須を使わない玉露のセルフ試飲を体験した。茶葉は注ぎ口のある小皿に盛られ、湯ざましに入った湯と杯くらいの湯飲みとともに黒い盆に載せられて運ばれてきた。低温の湯を一度湯飲み
-
時論(3月8日)ウェルビーイング 具現した人
字面で分かったつもりになり、分かったふりをして、恥ずかしい思いをすることがある。そんな言葉は、使うのをためらう。例えば「ウェルビーイング」。「幸せ(ハピネス)」より広く深いということは感覚的に分かるのだが。 経済協力開発機構(OECD)が示すウェルビーイングの3要素の一つに「人生における意義と目的意識」とあり、分かったような気がしてきた。これまでの「身体的・精神的・社会的に良い状態」という説明に感じていた物足りなさが解消されそうだ。 そして、この人が頭に浮かんだ。「魂の俳人」村越化石(本名・英彦、1922~2014年)。きょう3月8日が命日、没後10年である。 ハンセン病を患いながらも
-
時論(2月25日)茶行政も「イノベーション」を
静岡県議会2月定例会に上程された2024年度予算案の茶関連事業に、物足りなさを禁じ得ない。生産も流通も日本一の「茶の都」の持続化は難題だが、突破に挑む主体性と気概が伝わってこない。 新味がないのである。主要事業として、浜松市が会場になる第78回全国お茶まつり、25年度開催の第9回世界お茶まつりが挙げられた。「情報発信」「消費拡大」の必要性に異論はない。だがいったい、いつから使われてきた言葉か。こう書く側も、大規模イベントのたびに「一過性に終わらせるな」と常とう句を繰り返してきたが。 この30年ほどで県内茶園は半減し、茶農家は4万戸から6千戸に。リーフ茶の価格低迷から製茶出荷額も500億円
-
【D自在】「国消国産」進むブロッコリー
「君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ」(光孝天皇)。率直な思いやりの気持ちに好感が持てるという人も多いのでは。若菜は春の七草のことか。7種のうち、ナズナ、スズナ(カブ)、スズシロ(ダイコン)がアブラナ科である。 春に十字花をつけるアブラナ科の野菜はキャベツ、白菜、小松菜、チンゲン菜、ワサビなどがある。多くは花が咲く前に収穫するので「菜の花」とは結びつきにくい。かつて菜の花と言えば菜種油を取るアブラナのことだった。灯火が石油や電力に移行して、蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」や唱歌「朧月夜(おぼろづきよ)」の歌い出しの風景は日常から遠いものになった。 近年、存在感が高ま
-
時論(1月28日)なぜ「カネ」と片仮名表記か
新聞用字用語集の見出し語「かね」には金遣い、金づるなどの用例が並ぶ。そこには「片仮名書きしてもよいが乱用しない」と注意書きがある。扱いとしては「政治とカネ」は特例というわけだ。 政治資金パーティー裏金事件で自民党の「政治刷新本部」がまとめた中間報告は「カギは『お金』と『人事』から完全に決別」とした。これを各紙は見出しなどで「カネとポスト」などと報じた。 片仮名を使う「政治とカネ」は既に慣用句と言っていい。 日本語は初め、漢字で音を表した。この万葉仮名を崩して書くうちに平仮名が生まれた。片仮名は、読みにくい漢文を読むために漢字の一部を記号化してできた。そう、文字は記号なのだ。 日常生活
-
【D自在】竜は架空の動物なのに
黒雲を巻き上げながら富士山を越え天高く昇っていく竜。「富士越龍(ふじこしのりゅう)」は江戸時代後期、葛飾北斎の最晩年の肉筆画で絶筆に近いとされる。90歳と長寿だった北斎が自分自身を映したという評もある。 2024年の干支(えと)は辰(たつ)。霊峰に昇り竜という絵柄に、所蔵する「北斎館」(長野県小布施町)には昨年末、多くの問い合わせがあったという。 神社の大絵馬に、島田市大代のジャンボ干支に、竜のイメージは共有されている。怪獣映画のゴジラシリーズに登場するキングギドラも、3本の長い首から上は竜にしか見えない。胴体や翼は西洋のドラゴンを想起させる。竜は聖なるもの、ドラゴンは邪悪なるものと、
-
時論(12月19日)自由に書くため自由に考える
作文の授業で先生に「自由に書きなさい」と言われて戸惑ったという高校生の投書を16日付本紙「読者のひろば」で読んだ。それを逆手にとって「自由」をテーマに書いた頭の柔らかさに感心した。 「泳ぎは溺れながら覚えるもの」と言われるが、例えだとしても乱暴だ。絵でも運動でも、何にでも得手不得手や巧拙がある。苦手でも嫌いにならない、させないことが大切ではないだろうか。 この生徒は、自分たちの世代はなぜ自由に文を書くことが苦手なのかを考え、「決まったことを決められたようにやることが重視され」ていることに着目した。そこまで考えたから、読み手の心に届く文章にまとまった。自由に書く難しさを乗り越えられた。
-
時論(12月17日)今度はアメリカウナギか
日本でウナギと言ったら、たいていニホンウナギのことである。流通するウナギは国産でも中国産でも、ほぼ全て養殖ニホンウナギと思われているだろう。 近年、アメリカウナギの稚魚(シラスウナギ)の東アジアへの輸入が急増していることが、中央大の研究グループの調査で分かった。ということは、知らずに養殖アメリカウナギを食べているのか、これから食べることになるのか。 ウナギは世界に16種3亜種いて、食用になるのはニホンウナギ、ヨーロッパウナギ、アメリカウナギ、東南アジアのビカーラ種。 かつては、ヨーロッパウナギの稚魚を中国で育て、大量に日本に輸入していた。おかげでうな丼が安く食べられたが、度を越した。
-
【D自在】「揺れたらダンゴムシ」でいいか?
震度6弱「立っていることが困難になる」。6強、7「立っていることができず、はわないと動くことができない」。気象庁の震度階級解説である。 先日、静岡市の地域防災訓練会場の一角で、NPO法人減災教育普及協会(横浜市)から、はってでも逃げることの大切さを教わり、子どもたちが指導される「ダンゴムシのポーズ」の再考を促された。身体を丸めて手で頭を守りじっとしていては、崩れる天井の下敷きになる恐れがあるという。 大けがをせず避難できた後での訓練も大事だが、揺れの最中をイメージし、諦めずに命を守る行動の備えをすべきだと。両ひざ立ちして脚を広げ、両手を床につけて前へ進む「カエルのポーズ」、腹ばいで前進す
-
時論(11月26日)「中央日本」縦ラインに目を
身近なだけに、食べ物の東西比較は興味深い。ウナギの調理しかり、雑煮しかり。そば・うどんの「きつね」「たぬき」はややこしく、大阪で「きつね」を注文するときつねうどんが出てくるから、きつねそばが食べたければ「たぬき」と頼むそうだ。揚げ玉を載せるのは「ハイカラ」。 同じメーカーのカップそば・うどんも、東と西で粉末スープの味付けが違うと聞いたこともある。 静岡、山梨、長野、新潟の知事が集まった「中央日本4県サミット」で、川勝平太知事がそばで連携しようと提案した。生産量全国2位、人口10万人当たりのそば店数が1位とされる長野県を差し置いてというのは杞憂[きゆう]のようだ。 土肥金山(伊豆市)と佐
-
【D自在】「駿河湾の宝石」サクラエビ
モルガナイトという宝石がある。淡いピンクで、鉱物としてはエメラルドやアクアマリンと同じ「緑柱石(ベリル)」。米宝飾大手ティファニーの上級技師クンツ博士が発見し、博士の友人で顧客の金融王J・P・モルガンにちなんで1910年に命名された。 「駿河湾の宝石」と呼ばれるサクラエビの秋漁が始まった。初日(1日)の水揚げは約1トンと低調だったが、まだ高い水温の影響らしい。国内では駿河湾でしか漁がされないサクラエビの群れが偶然漁獲されたのが1894(明治27)年。人類の前に姿を現したのはモルガナイトとほぼ同じ頃ということになろう。 4月の誕生石「モルガナイト」(全国宝石卸商協同組合ホームページより)
-
時論(10月22日)将棋は指せなくても面白い
藤井聡太棋士(21)が王座を奪取し八冠となったことを報じた12日付本紙1面には、これで4人目の全冠独占達成者の一覧が載った。升田幸三(1918~91年)、大山康晴(23~92年)、羽生善治九段(53)、そして藤井八冠。 羽生さんと哲学者の梅原猛さん(25~2019年)が、将棋文化をテーマにした対談の中で対照的だった升田と大山について語っている。梅原さんは両者の激戦の同時代の証言者として、羽生さんは大山と対戦した経験も踏まえて(「教養としての将棋 おとなのための盤外講座」現代新書)。 このエピソードも取り上げた。終戦直後、将棋は戦争につながるものだから禁止しようとしたGHQ(連合国軍総司令
-
時論(10月13日)ポリネシアからの桜戦士
ラグビーのワールドカップ(W杯)フランス大会を、前回までとは違う角度からも観戦している。人類学者片山一道京大名誉教授の著書「身体が語る人間の歴史」(ちくまプリマー新書)の記述に引かれるものがあったからだ。 大柄で骨太で筋肉質。〈まことポリネシア人は、ラグビーというスポーツの申し子というような存在〉〈ラグビーは神から与えられた最大の贈り物のよう〉。西欧列強から支配の仕組みとともに移入されたものだとしても、である。 1次リーグ最終試合では日本と同じD組でサモアがイングランドを苦しめ1点差で惜敗、C組ではフィジーが決勝トーナメントに進んだ。日本代表は運命のアルゼンチン戦に敗れ2大会連続ベスト8
-
【D自在】徳川家康と鷹狩り
初夢でみると縁起がいいとされる「一富士二鷹(たか)三茄子(なすび)」は徳川家康の好みを言っているという説がある。駿府城公園(静岡市)の「徳川家康公之像」は富士山の方を向き、左手に鷹を据えた鷹狩りのいでたち。風貌から大御所時代であろう。 家康の鷹狩り好きはよく知られる。生涯で1000回以上の鷹狩りをしたとも言われる。数え66歳で駿府に移ってからは1カ月以上の鷹狩りの旅を幾度もした。 先週、静岡新聞社主催のトークショーで小和田哲男静岡大名誉教授が、家康が藤枝・田中城を拠点に鷹狩りをしたことを取り上げ、野山を駆け回り獲物のツルなどを食したことが家康の健康長寿の秘訣(ひけつ)だったと解説した。
-
時論(9月24日)就職活動では「嘘も方便」?
陪審制を描いた米国の古い映画に似たタイトルだが、この小説は就活が舞台である。最近文庫化された朝倉秋成さんの話題作「六人の嘘[うそ]つきな大学生」を読んだ。 ミステリーなので詳述は控える。人気IT企業の新卒採用の最終選考に残った6人に1カ月後のディスカッションが通告される。よければ全員内定も。だが、本番直前に課題が「6人の中から1人の内定者を決める」に変更。当日、各人の嘘と罪を告発する文書が入った封筒が見つかり、仲間は競争相手に。誰が、何のために―。 月が替わると、2024年卒の学生たちの入社内定式が行われる。学生も企業の担当者も、ようやくたどり着いたという思いか。 「実力に自信はないが
-
【D自在】風という字になぜ虫が
静岡県上陸の可能性に身構えた台風13号。最接近した8日は、2月の立春から数えて217日目だった。 気象衛星などのおかげでテレビやスマホで台風の発生や現在地、進路を知ることができるようになった。予報技術がなかった昔、季節の目安となる雑節の重みは今とは比べようもなかったに違いない。 「八十八夜」と同様、立春起点の「二百十日」は9月1日ごろ。稲の出穂時期に当たり「二百二十日」とともに台風襲来を案じる農家の厄日とされる。強風に倒されないよう、人々は祈った。祈るしかなかった。 「風」という字は、風をはらんだ帆の絵から生まれた「凡」と、風に乗って天に昇る竜を表す「虫」から成る。 「虫」と