【D自在】風という字になぜ虫が

 静岡県上陸の可能性に身構えた台風13号。最接近した8日は、2月の立春から数えて217日目だった。

傘が飛ばされないようにして歩く人々を写して強風を表現した(2021年9月、静岡新聞掲載)
傘が飛ばされないようにして歩く人々を写して強風を表現した(2021年9月、静岡新聞掲載)


 気象衛星などのおかげでテレビやスマホで台風の発生や現在地、進路を知ることができるようになった。予報技術がなかった昔、季節の目安となる雑節の重みは今とは比べようもなかったに違いない。

 「八十八夜」と同様、立春起点の「二百十日」は9月1日ごろ。稲の出穂時期に当たり「二百二十日」とともに台風襲来を案じる農家の厄日とされる。強風に倒されないよう、人々は祈った。祈るしかなかった。

 「風」という字は、風をはらんだ帆の絵から生まれた「凡」と、風に乗って天に昇る竜を表す「虫」から成る。

 「虫」という字が水の神である蛇、竜を示すのは、雨上がりの空に大蛇か竜の姿を見たのであろう「虹」からもうかがえる。昆虫は「蟲(むし)」を使う。

 一般的に自然災害と言われるが、それを前に無力であるという点で「天災」と呼ぶほうがふさわしい文脈がある。謙虚に向き合うことが、備えにつながる。

 台風のように強い風雨を昔は「野分(のわき・のわけ)」と言った。源氏物語や枕草子に見られる。兼好法師は徒然草に「野分のあしたこそをかしけれ」。共感するが、現代では「被害がなければ」と前置きが必要だろう。

 〈吹き飛ばす石は浅間の野分かな〉。芭蕉の「更科紀行」にある句は、最初の〈秋風や石吹き颪(おろ)す浅間山〉から4回の推敲を経ている。大気の流れでしかない風を絵や写真で表現するのに工夫が必要なように、風を言葉だけで表すのは難しい。オノマトペ(擬音・擬態語)を使う方法もあるが、野分という言葉を生んだ先人の感性が素晴らしい。使わなくても知っておきたい日本語である。
 (論説副委員長・佐藤学)

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