時論(9月24日)就職活動では「嘘も方便」?

 陪審制を描いた米国の古い映画に似たタイトルだが、この小説は就活が舞台である。最近文庫化された朝倉秋成さんの話題作「六人の嘘[うそ]つきな大学生」を読んだ。
 ミステリーなので詳述は控える。人気IT企業の新卒採用の最終選考に残った6人に1カ月後のディスカッションが通告される。よければ全員内定も。だが、本番直前に課題が「6人の中から1人の内定者を決める」に変更。当日、各人の嘘と罪を告発する文書が入った封筒が見つかり、仲間は競争相手に。誰が、何のために―。
 月が替わると、2024年卒の学生たちの入社内定式が行われる。学生も企業の担当者も、ようやくたどり着いたという思いか。
 「実力に自信はないが、いい会社に就職したい」「高い給料は払えないが、優秀な学生を採用したい」。熱意が結果として「嘘」をつかせたということもあろう。
 〈どこの会社に行っても「御社第一志望」。理由は「会った人で決めた」〉。こんなアドバイスが「就活本」にあると、就活を研究する山口浩駒沢大教授が「就活メディアは何を伝えてきたのか」(23年)に書いている。口伝、書籍からパソコン、スマホのサイトへと「就活メディア」は進化し、情報の受発信は高速、複雑になった。
 「嘘も方便」と言う。「世界ことわざ比較辞典」(岩波書店)によると、欧州では広く「目的は手段を正当化する」と言うようだ。小説の優秀な就活生たちには英語の「すべての真実を話すべきだとは限らない」が当てはまる。
 時と場所、目的によるとはいえ、嘘は心が痛む。嘘をつかずにすむ人間関係を築きたい。「嘘から出た真[まこと]」とも言う。縁を感じ、信じて内定式に臨む人もいるだろう。
 (論説副委員長・佐藤学)

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