台風15号被災 あす23日で1年 生活復興、いまだ途上 静岡・清水区

 河川氾濫による4千棟近い住宅の浸水や、13日間にわたる6万世帯以上の断水被害を静岡市清水区にもたらした台風15号から23日で丸1年が経過する。復興は進んでいるように見えるが、近年まれに見る大規模な被災だったため、元通りの生活を取り戻せず不便な生活を送っている区民もいる。海面上昇に加え黒潮大蛇行の長期化など特有の被災リスクも重なり、不安を抱えながら日々を過ごす人たちも少なくない。行政が対策を急ぐ巴川本流以外の支流などでは、予算が十分ではなく対策が手つかずの場所も残っている。
台風15号による静岡市内の住宅被害
巴川浸水 家財そのまま 台風15号により住宅や道路に押し寄せた流木の山=9月中旬、静岡市清水区三保
 「ようやく最後の土砂がここから運び出せるめどが立った」。静岡市清水区内の河川維持管理などに当たる市土木事務所工事係長の上石恭臣さん(51)=同市清水区高橋4丁目=は感慨深げだ。係の人数は7人。被災直後はほぼ徹夜の日もあった。今も区民からの要望の対応に追われる。
 同区の三保半島にある4万570平方メートルの土地。台風15号による巴川の氾濫により住宅に侵入した土砂などが山のように積み重なる。幹の周りが1メートル以上あるスギやヒノキの流木や岩もあり、総量は4万1千立方メートルに上る。被災以降、受け入れ先を分散させて搬出してきたが、10月末以降、興津地区で県が整備中の親水公園内に残りを搬出できることになった。
 上石さんの自宅も巴川の氾濫で床上45センチ浸水し、水の重みでタイル張りのトイレの床は抜けたまま。脚立を置いて代用中だ。区内では大工が不足し、工事がままならず不便な生活をしている人は少なくない。
数百の「支流」対策 課題  「1974年の七夕豪雨以来」とされた、台風15号による清水区の被害。3675棟の住宅の浸水などが発生した。市内全域の床上浸水などの8割が同区内に集中。国土交通省は3月、異常気象による水害頻発に対処するため2019年度創設の「浸水対策重点地域緊急事業」の対象河川に県内で初めて巴川を選んだ。
 県は国からの交付金を受け、本流の河道掘削や橋の架け替えなど5年間で100億円規模の巴川水系の治水対策を進める。ただ「数百はある」(上石さん)という巴川や同じ区内の興津川などの支流の対策までは、十分手が回らない。
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 清水区西部の鳥坂地区は2メートル以上浸水したエリアだ。6月の台風2号でも数十センチ以上浸水した飲食店などがあり、行政のインフラ整備への期待は高い。
台風15号で水に漬かった雑貨など。今も処分が進まない=9月上旬、静岡市清水区鳥坂の望月恵美子さんの自宅
 「母がモノを捨てられなくて…」。難病を患い闘病中の母親(80)と知的障害のある弟(45)と同居する望月恵美子さん(55)は、台風15号の被災から1年がたとうとする9月上旬、困惑した表情を見せた。自宅敷地には家のすぐ横を流れる大福寺川の氾濫で水浸しになった雑貨類や裁縫用具などが今も山積みのまま。「勝手に捨てるとけんかになる。諦めてくれるのを待っている」とこぼす。
 大福寺川は巴川に注ぐ矢崎川の支流で川幅は1メートルほど。台風15号では水があふれ、自宅横の生活道路は土石流が見舞った。岩が「ごろん、ごろん」(望月さん)と音を立てて転がる音が家の中からも聞こえ、生きた心地がしなかった。
 望月さんは大福寺川の氾濫について、下流の巴川の排水機能の低下以上に、自宅から数百メートルの場所にある県が1982年に設置し、土砂で埋まる治山ダムなど山の管理に問題があるとみている。「3~4年に1回は水害に遭う」という望月さん。葵区に3千万円で中古の一軒家を買い求めざるを得なかった。鳥坂の自宅は取り壊す予定だ。
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 清水区小島町の興津川水系にある勘兵衛沢でも対策が思うように進まない。川から大量の土砂が両岸の住宅十数軒に押し寄せた。
床上浸水し今も床板が取り払われたままになっている住宅=9月上旬、静岡市清水区小島町
 近くに住む女性(81)宅では敷地全体に水が回った。区内全域で工事業者が不足するため今も床上浸水した川沿いの2部屋の床は取り払われたまま。女性は2014年に夫が他界後、数年間飲んでいた睡眠薬を被災後再び手放せなくなった。6月上旬の台風2号襲来時には「心配で心配で一睡もできなかった」という。
 6月中旬、地元住民の要望で勘兵衛沢の越水を防ぐため、川の両側の壁を高くする工事を市が順次行っていくことでまとまった。住民の要望通り長さ100メートルを整備するには、500万円程度がかかる。財源となる市土木事務所の年間修繕費は2500万円。一気に改修するのは難しい状況だ。女性は「対策に時間がかかることで、(台風15号の被災が)風化していくのが一番怖い」と訴える。
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 国と県は台風15号と同規模の洪水に対して、今後5年間で床上浸水被害を巴川水系で約2割削減する目標を掲げている。国交省治水課は「(地方の2級河川で)100億円規模の予算投下は異例」とするが、本流以外の小規模河川に充てられる予算や人はまだ追い付いていない面もある。同課の担当者は「異常気象が続く中、インフラ整備はいたちごっこの面があり、一つ一つ着実に進めるしかない」と声を絞り出した。
断水対策は道半ば 具体的取り組み 進まぬ実情  静岡市清水区で13日間、約6万3千世帯が苦しんだ断水。市が進める対策はいずれも道半ばで、被災1年が経過しても具体的な取り組みは進んでいないのが実情だ。
流木や土砂により取水できなくなった承元寺取水口=2022年9月25日、静岡市清水区承元寺町(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
 断水は興津川にある承元寺取水口上部から流木や土砂が入り込んだことで、取水できなくなったことが直接的な原因とされる。市は8月、取水口上部を覆う鋼製の網のふたの設置工事を完了させた。ただ、市上下水道局幹部も「復旧は早まるかもしれないが、抜本的な対策にはほど遠い」と認める。
 「市は断水対策を真剣に考えているのか」。そう憤るのは、市が4月から呼びかける「災害時協力井戸」の市内3番目の登録者で、同市葵区柳町の不動産業マルゴー社長の鈴木勝貴さん(40)だ。登録した井戸は市民が断水時に無償で使えるようになる。市は手押しポンプ整備のための費用の半分(上限5万円)を支援する仕組みだ。
 鈴木さんは東日本大震災の発生直後から静岡市で協力井戸制度が始まるのを待ち望んでいた。今では全国で既に多くの先行事例がある中、静岡市でなかなか進まなかったことに「水質の問題について市はリスクを積極的に取りたがらなかったのでは」とみる。ただ、その登録井戸も市内全域で5件(清水区は1件)だけで、市清水区地域総務課は「今後啓発のチラシなどを配る予定」とする。
静岡市が取り組もうとしている主な断水対策
 市は「清水地区水源検討部会」を設置し、有識者ら委員5人が11月まで議論する。承元寺取水口が取水できなくなった場合、安倍川水系から清水区に水を送る「北部ルート」などから供給を受けても不足する1日当たり約3万4千~約4万2千立方メートルを確保できる水源を新たに整備するのが目標だ。
 7月の第2回会合では、①井戸の新設②国土交通省中部地方整備局が保有するポンプ車の機動的な活用③興津川沿いの清水区清地にある取水施設の再開―など13案が選定された。ただ「水道料金に跳ね返ってくるため、実際の対策は来年度の経営協議会に諮ることになる」(市上下水道局幹部)とし、具体的な取り組みは始まっていない。
海面上昇 半世紀で30センチ以上 清水港周辺 近年高まる災害リスク  県内でも頻発する洪水被害。地球規模の気候変動に加え、駿河湾周辺に特有の自然環境も加わり、災害リスクは近年一層高まっていると第一線の科学者たちはみている。
 台風15号の被災後、静岡大理学部の北村晃寿教授(古生物学)は静岡市清水区内の浸水規模などを1974年の七夕豪雨と比較するフィールドワークを通じ被災メカニズムを研究してきた。北村教授によると、清水港における2022年の年平均潮位は、74年に比べて34.1センチも高い186.3センチ(清水港の検潮所の数値)だった。気象庁の観測によると、半世紀で日本沿岸では平均海面水位が10センチ程度上昇していることが明らかになっている。北村教授は、清水港周辺で年平均潮位が七夕豪雨のあった74年に比べ30センチ以上も上がっていることについて、全国的な海面水位上昇に加え、フィリピン海プレートの沈み込みの影響が相当程度あるとみている。
 フィリピン海プレートはフィリピン諸島から相模湾以南の日本列島にかけての地域を形成しているプレート。西縁のある駿河湾の深海ではユーラシアプレートに1年間に3~5センチの速さで沈み込んでいる。静岡市や焼津市周辺では広い範囲で地盤沈下が起きており、こうしたことが洪水に遭う確率を高めているという。
 静岡市清水区中心部を流れる巴川は安倍川の扇状地の北縁に当たる平地を西から東へゆっくりと流れるため、清水港の潮位の影響を受けやすい。「巴川は蛇行する独特の形状の川なので、カーブする周辺では越水する危険が特に高い」と北村教授は指摘する。
 本格的な観測を開始した1965年以降で過去最長の6年以上も駿河湾沖で続く黒潮大蛇行の影響を指摘するのは、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の美山透主任研究員(海洋物理学)だ。文字通り海の色が黒く見えることに名前が由来する黒潮は幅100キロ、深さ1000メートル。美山主任研究員によると駿河湾に入る支流の幅は20キロ、深さ300~400メートルに及ぶ。周辺に比べて数度程度水温が高いのが特徴とされ、気象庁の観測では今夏の駿河湾では過去5年間の平均値に比べ1~2度程度水温が高かった。
 水温が上がれば、海水は体積が膨らむ。美山主任研究員の計算によると、駿河湾で水温が1度上がると、海面が約9センチ上昇する。美山教授は「黒潮大蛇行の影響で関東・東海地方沿岸で海水の蒸発により降水量が増えたり、記録的猛暑をもたらしたりしている可能性がある」と話す。3月には、静岡市清水区由比の倉沢定置網漁でブリが大量にかかるなど、水産資源への影響も指摘される。
(清水支局・坂本昌信)

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