台風15号 巴川氾濫 「流域治水」に実効性を【記者コラム 黒潮】

 森川海の連環を念頭に、ダムではなくソフト面も含め流域一体での洪水対策を標榜する「流域治水」。国が打ち出したこの政策は時代の転換点とされ、自治体も踏襲する。ただ、実現までの道のりは遠く、災害が頻発する中、スローガンは多額を費やすインフラ整備を回避する“免罪符”にすらなっていないか。
 昨年9月の台風15号。静岡市清水区の巴川の支流などを見て回るといまだに随所に爪痕が残る。行政は本流ばかりに着目しがちだが、流域一体での流域治水を志向するならば、水をかん養する山間地にも目を向けるべきだ。
 その一つが、清水区河内地区のワサビ田とその周辺の沢だ。今月18日に訪れた際には、いまだ生々しい土砂崩れやがれきに埋まったワサビ田を見て言葉を失った。廃業を検討している農家もいる。ワサビ田に流れ込む水路の復旧作業中だった80代男性は「行政関係者とみられる車が近くまで来たが、降りないまま帰って行った。二の句が継げなかった」と苦言を呈した。
 ワサビ田だけではない。取材した鳥坂地区や小島町地区の住宅でも、小規模河川の越水や土石流への対策がほとんど行われず行政への不信感が募っていた。間伐が行われず、荒れ放題の山々が洪水の主因と考える人も多くいる。
 「権力に近い人だけ報われたり助けてもらえたりする風潮はやめた方がいい。日本がおかしくなる」との鳥坂地区の女性の言葉が今も胸に突き刺さったままだ。「流域治水」の本質とは何なのか。
 ソフト対策も進んでいない。静岡大の北村晃寿教授は巴川沿いにある県管理の定点観測カメラの映像などを分析し越水したメカニズムの特定を進める。こうした「物証」への行政の取り組みは遅い。北村教授は「熱海土石流に比べれば圧倒的に映像は多い。対策のスタートラインに立つためには、まずは『災害の可視化』こそ重要」と指摘する。
 流域治水は「流域思考」を提唱してきた進化生態学者岸由二氏のアイデアが礎だ。著書では、「地べたの感覚」の重要性を説き、皆で自分がどの川の流域に生きるのか「流域地図」を作ってみることを勧める。行政と流域住民の一体感の醸成も課題に思える。
 (清水支局・坂本昌信)

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