個別最適な学びへ 宿題や家庭学習どう取り組ませる?③ 有識者インタビュー【賛否万論】

 前回は、“放課後の学び”について、現役大学生が教育現場で感じたことや地域と連携して自発的に課題を見つける取り組みを紹介しました。今回は、子どもたちがバラエティー番組のタレントのように自由にトークを展開する「MC型授業」など独創的な授業を行う「ぬまっち」こと東京学芸大付属世田谷小教諭沼田晶弘さんに、現役教諭の立場から見た家庭学習のポイントを聞きました。
 (社会部・薬袋貴信)

「マイスペシャル」な個性伸ばす
東京学芸大付属世田谷小教諭 沼田晶弘さん
photo01  「MC型授業」や掃除時間中にダンスを踊る「ダンシング掃除」など斬新な取り組みをされてきた「ぬまっち」先生。児童に出す宿題にはどのような工夫をされてますか?
 「『なぜ今この宿題を出すのか』。子どもの学びにつながるよう、宿題を出す意図を児童に説明しています。例えば漢字の書き取りは、学年に合わせてニュースに出てくる時事ネタを中心に出します。そうすると、子どもたちはTVや新聞、ネットを見ていて何げなく出てくる言葉をだんだんと自分で勉強するようになります。書き取りのテストにもこの内容が反映されますので、家庭内でも『次はこの言葉がテストに出るんじゃないか』と会話のきっかけになってもいるそうです。宿題の量は設定しますが、一定の期間内で子どもたちが自主的に進めていいようにしています。『できるときにやればいいじゃん』という感覚です」

音読は「一発録り」
 これまでに出した「変わった宿題」は何ですか?
 「音読をユーチューブでミュージシャンが一発録[ど]りで歌う『ザ・ファースト・テイク』のような仕様でさせたことでしょうか。音読って、毎日同じものを読み聞かせられるので、子どもにとっても保護者にとっても割と苦痛な宿題の一つだと思うんです。音読に限りませんが、勉強は惰性でやると学びにつながらず意味がありません。『ザ・ファースト・テイク』仕様にすると、間違えてもやり直しが効きません。録音した音声は授業の中で披露されるので、うまくできるよう子どもたちは事前に練習するんですね。そうすると、小さな声ではなくハキハキと良い発音で感情を込めてきちんと読むようになる。これって子供の中で立派な学びです。私は『アナザーゴール』と呼んでいますが、遠い最終ゴールの前に別のゴールをいくつか設定し、それらをクリアするごとに本来の目的である最終ゴールを到達していくという考え方です。音読も少しの工夫を入れることで、嫌な宿題から面白い宿題へ変化しました」

 沼田先生が出す宿題に対し、児童や保護者はどんな反応がありますか?
 「子どもだけでなく、保護者にも宿題の意図を考えてもらいたいと思い日頃から協力を呼びかけているため、おおむね良い反応をいただけています。先ほどの漢字を例にとると、卒業した児童からは成長するにつれ学んだことが実感できるとして、『ぬまっちの漢字テストは実用的で“生きた漢字”だよね』という声をもらっています。音読に関しても、保護者はこれまで嫌々聞かされていた音読が、聞いてみたくなる音読に変わりました。保護者とのコミュニケーションも大切で、子どもへの指導の線引きについても相談しています。止め、はねなど漢字の細かな間違いをきっちり見るのは、30人の児童を見ている教師より保護者のほうが効率的です。その代わり、食事のマナー指導は衆人環視の学校でやるほうが身につきやすいなど役割分担をすることも重要だと思います」

 宿題をやってこない児童にはどのように声をかけますか?
 「やってこない子には『いつまでに出せる』と声をかけ、とがめることはしません。普段から宿題を出す意味を児童に説明していますので、やらないということは、その子にとって宿題の必要性を教師が結果的に伝えきれなかったということになります。例えば、ゲームをクリアしようと思ったら攻略方法を調べます。『クリアする』という目標があるからです。子どもにとっては、その宿題が自分の将来につながっているのかどうかがわからないからやらない。子どもも大人も、自分のこととしてポンと腹落ちした時に学習します。教師の役割は、児童が宿題を“やらされている”感覚から目的意識を持った『自分ごと』に変換できるよう伝え続けることです」

 子どもたちのモチベーションをあげるヒントは何でしょう?
 「『私がやればできると思う力』である自己効力感を高めることではないかと思います。米国でアメリカンフットボールが人気な理由の一つに、ポジションごとの活躍が明確に評価されるスポーツだからです。多様な価値観の時代になり、個を重視し一芸に秀でた人が重宝される時代になってきました。経験上、子どもたちが持つ『マイスペシャル』な個性を伸ばせば、自ら進んで学ぶようになります。教え子で、電車の車内アナウンスを完コピする子がいました。コミュニケーションが苦手で、クラス内では目立つ存在ではなかった彼がアナウンスをクラスメートの前で披露すると、その完成度の高さで一躍人気者になりました。自信をつけた彼は、この特技をさらに進化させるのと同時に、学業にも積極的に励むようになりました。一つの個性を周囲が認めたことで、二つ目が出てくる好事例です。個性を見つけ出し、子どもにやる気の炎が見えた時、『褒める』という燃料を注入するのは教師の重要な仕事です」

目標認識させ褒める photo01 児童に漢字テストを出題する沼田晶弘教諭の授業風景
 褒めるときのポイントはどのあたりにありますか?
 「次の目標を認識させた上で褒めることです。私は児童に『PDCAサイクル』の考え方を授業で伝えていますが、肝心なのは『C(確認)』を意識させることです。チャレンジしないことには失敗もないので、『D(実行)』を繰り返すことは悪いことではないですが、失敗をしっかりチェックしないと次の『A(対策・改善)』が正確になりません。失敗から対策を考え、『P(目標)』に向かえるよう、子どものプライドを刺激しながらやる気を喚起させます。そのためにはご褒美という外発的動機付けも時には必要な場面もあります。イメージとしてはキャンプの火おこしでしょうか。ご褒美という着火剤で徐々にプライドという炭に火をつける。炭に火が入るまでは時間がかかりますが、一度ついた火はなかなか消えません。時間をかけ、丁寧にモチベーションを育ててあげたいです。ちなみに、喜び方が上手な人は相手を喜ばせることも得意なので、子どもたちには褒められた時の笑顔の作り方など『褒められスキル』の重要性も伝えています。褒められスキルは大人になっても、自己効力感を高めるときにとても役に立ちます」

 文部科学省が新学習指導要領で指摘する「個別最適な学び」を進めるには何が必要でしょうか?
 「家庭学習も授業もそうですが、保護者・教師、子どもたちのそれぞれが多くの視座を持って必要なものを見極めることではないでしょうか。学習環境や価値観が加速度的に進化する中で、児童に求められる学びのジャンルが増えてきています。新たな視座を持つことで、自分で考える力が付き成長につながります。視座を生かすには言語化も重要で、違う視座で理解したことを他人に説明することで、さらに自分の学びも深まります。もちろん、得た知識や考え方を使いこなすためには、基礎学力の向上は前提になります。私の教え方はよく型破り、と表現されますが、そもそも子どもたちが“型”を知っていないと破れないので、日記やドリルなど基礎を作るトレーニングは欠かせません。極論すれば、家に帰ってする何げない行動でも、ひと手間考えるだけですべてが勉強になります。その意味で宿題は、学校から課せられるものばかりではなく、日常生活から作り出される課題として捉えても良いと思います」

ぬまた・あきひろ 1975年東京都生まれ。東京学芸大教育学部卒業後、米・ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修士を修了。2006年から現職。児童の自主性・自律性を引き出すユニークな授業が新聞やテレビなど多数のメディアで取り上げられ話題に。教育関係の著書を多数出版するほか、リーダーシップやコーチングなど企業向けの講演も積極的に行う。

 次回は同じテーマでしずしんニュースキュレーターや読者の意見を紹介します

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