時論(4月12日)「成瀬」、故郷に錦を飾る

 「朝の読書推進協議会」によると、2023年5月31日現在の本県の小中学校、高校の「朝読書」実施率は89%に上る。これを上回るのは栃木、福井、鳥取、佐賀の4県だけ。静岡の子どもが本に接する機会は多い方だと言えよう。
 新中学生の長男も今春、「89%」の仲間入りを果たした。小学校時代にはなかった、午前8時20分から15分間の新習慣。そんな彼が4月9日から読み進めているのが宮島未奈さん(富士市出身)の「成瀬は信じた道をいく」である。春休みに読み終えた「成瀬は天下を取りにいく」の続編。「斜め前の席の女子も同じ本を読んでいる」という。
 10代の心も捉えた「成瀬」が栄誉をつかんだ。10日発表の「2024年本屋大賞」。“県勢”作家初の快挙だ。
 4カ月前、宮島さんは静岡県内の書店員と図書館員約600人が選ぶ「第11回静岡書店大賞」の表彰式に出席した。壇上でのあいさつや筆者との会話の中で何度も出てきたのが、「故郷に錦を飾った」という喜びの言葉だった。
 宮島さんは富士市で生まれ、大学進学以降は関西で暮らす。昨年3月のインタビューでは「キラキラ」していなかった高校時代にも言及してくれた。うまくいかないことが多かった青春期の話は個人的に共感できたし、「成瀬」シリーズに通底する価値観であるようにも感じた。愛憎ない交ぜの故郷への思いが、大津市という地方都市で物語が完結する「超ローカル小説」に結実したのだろう。
 主人公成瀬あかりによる漫才コンビ「ゼゼカラ」の決めぜりふ「膳所[ぜぜ]から世界へ!」は、作品を読む児童生徒の心にどう響くか。「静岡から世界へ!」。故郷に錦を飾る夢は、成長の活力になるはずだ。
(教育文化部長兼論説委員・橋爪充)

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