PFAS、大気で拡散か 土壌と結合で長期残留 静岡・清水区

発がん性との関連が報告されている有機フッ素化合物(PFAS、読みはピーファス)が、静岡市清水区三保の化学工場から2~3キロも離れた飲用の井戸水からも高濃度で検出されている実態が明らかになった。この工場は2013年までPFASの一種PFOA(ピーフォア)を使用していたことが明らかになっている。自然界で極めて分解されにくいため〝永遠の化学物質〟と呼ばれるPFAS。拡散の原因について行政関係者は首をひねるが、静岡新聞社が入手した内部資料からは工場の煙突から放出されたPFOAが大気により散らばった可能性が浮上。1970年代後半まで工場敷地内の穴にPFOAを“投棄”していたことが、今も工場周辺の地下水に影響を及ぼしているとみられることも新たに分かった。
(清水支局・坂本昌信)

 英文で書かれた表題に、赤線で描かれた三井・ケマーズフロロプロダクツ清水工場周辺の敷地境界。境界を大幅に超えて広がる黒や紫など毒々しい色で描かれた“等高線”…。現在の三井・ケマーズフロロプロダクツ清水工場敷地内の煙突から放出されたPFOAの地表付近の濃度を示すシミュレーション図。1立方メートル当たり1マイクログラム(1千ナノグラム)程度の濃度で半径数百メートルに拡散していたとみられる。2003年に作成された(赤線は工場境界)
 1999年の気象データを基に清水工場敷地内の煙突からPFOAが拡散した後、地表付近でどの程度のガス濃度になるかシミュレーションが行われた内部資料。2000年代初頭の工場稼働状況に合わせ、同社が03年に作成した。
 工場敷地南西の市道との境界付近にある同心円状の作図の中心で、1立方メートル当たり14マイクログラム(約1万4千ナノグラム)に近づく。半径数百メートルに同1マイクログラム(1千ナノグラム)の濃度で拡散している。河川水や地下水の環境省の指針値が1リットル当たり50ナノグラムであることを考えれば、周辺の地下水への影響が想定される。
 別の内部資料によれば、現在は製造・輸入が禁止されたPFOAを、01年には合計11・4トン敷地外に放出。このうち、2・5トンは煙突などから大気に排出されていたことも分かった。「冬になると煙突の下は、キラキラとPFOAの結晶が雪みたいに落ちてくる」との話も社内であったとされる。工場敷地内の排気口とみられる場所で撮影されたPFOAを含むとみられる付着物。糸状になっている=2005年11月  「正直、なぜここまでPFASが清水区内に広く拡散しているのかよく分からない」。そう首をひねるのは、市環境保全課の斉藤直樹参事兼水質係長だ。
 市が昨年11月以降、希望者を募って行った68件の調査では、三保半島の工場から直線距離で2~3キロ程度離れていて、半島の付け根の外側にある駒越や村松といった地区の飲用の井戸からも、指針値を大幅に上回る濃度でPFASを検出した。
 市が外部業者に委託した三保半島の「地下水流動解析」の調査結果によれば、地下にあるいくつかの淡水層は独立して形成されている。このため地下水の行き来はないとみられるという。斉藤参事兼水質係長は「地下水による拡散は考えにくい」とする。
 こうした中、大気による拡散を推測する元従業員や専門家らは多い。静岡大の北村晃寿教授(古生物学・地質学)もその一人だ。  「千早ぶる 有渡の渡りの早きせに 逢すありとも後にわが妻」
 三保半島の付け根・折戸地区には、柿本人麻呂作とされる和歌を示しつつ、室町時代まで島だった三保半島と駒越地区の間にあった浅瀬を舟で渡した歴史を説明する、「瀬織戸の渡し(別名・有渡の渡し)跡」と書かれた地元住民設置の看板がある。
 北村教授によると、この史実は、半島の付け根の土地の伝統的な低さを端的に示していて、駒越や村松といったエリアの地下水は、南側にある標高約300メートルの有度丘陵から流れ落ちてくる地下水がほぼ100%となっていることを示唆している。
 北村教授は「半島の付け根のすぐ外側で高濃度のPFASが地下水から検出されたことは、地形条件と静岡新聞社が入手した内部資料を合わせ考えれば、大気拡散を考えるのが合理的」とする。  「先祖の代から長年飲み続けてきた井戸水を返してほしい」
 市の調査などでこれまで飲用にしてきた井戸から国の指針値を上回るPFASが検出された区民からはうらめしい声も漏れる。同区では22年9月、台風15号の襲来により多くの住宅の浸水に加え、13日間にわたる6万世帯以上の断水被害を経験した。「断水のときには井戸が頼りだった。今後も井戸水は清水にとって重要な存在だ」などと話す区民も多い。PFOAが土壌粒子と結合する仕組み
 ただ、「テフロン」の呼称のフッ素樹脂を製造する際の界面活性剤として長年PFOAを使用してきた三井・ケマーズフロロプロダクツ清水工場では、14年以降は使用をストップ。内部資料によれば、07年には排水や大気を通じた排出もほぼゼロになっている。ならば、なぜ20年近く経過する今でも2~3キロも離れた場所の地下水から高い値のPFASが検出されるのか―。
 京都大大学院医学研究科の原田浩二准教授(環境衛生学)によれば、こうした分野の研究は欧米で進んでいて、PFOAの分子の一部が負の電荷を帯びているため、土壌粒子とくっつくうえ、水をはじきやすい性質を持つ部分が地下水や雨水によって洗い落とされにくくしているためという。一度土壌とくっついたPFOAが時間をかけて徐々に地下水に入り込み、周辺の井戸水の濃度を長期間にわたって高めているのが原因の一つの可能性があるという。
 原田准教授は「極めて分解されにくい“永遠の化学物質”が土壌とくっつくことで、最悪で今後数十年以上も井戸水のPFAS濃度が指針値を超えたままになる可能性がある」などと見通した。
工場内に過去〝投棄〟も 元従業員ら健康不安  「安全には厳しい会社だった。(PFOAの危険性に当時)会社は気付けなかったのではないか。なぜか怒る気になれない」
 高卒後長年清水工場に勤め、昨年暮れに運営会社の三井・ケマーズフロロプロダクツが初めて呼びかけた血液検査で血漿(けっしょう)1ミリリットル当たり48・5ナノグラムのPFOAが検出された70代の元従業員はそう話す。環境省が2022年度に行った日本人89人を対象にした全国調査平均値(同2・0ナノグラム)の約24倍だった。周りの元同僚の中でも飛び抜けて高い。
工場敷地内南西にあるEプラント周辺の土壌から1.3ppm(1リットル当たり130万ナノグラム)のPFOAが検出されたことを示す1993年の内部資料。「過去、廃ポリ等の捨て場所」とある(写真の一部を加工しています) 最近かかりつけ医の勧めで行った血液の腫瘍マーカー検査ではがんが疑われた。同社総務法務部は、静岡新聞社からの「元従業員に対し、(PFOAの血中濃度に関する血液検査を)今後も実施の予定があるか」との質問に文書で「現時点で、今後の実施予定はない」と回答。血液検査で高濃度の〝永遠の化学物質〟が体内から検出された元従業員らは、勤め上げた会社への信頼と健康不安のはざまで取り残されたままだ。  内部資料からは、国際的に規制強化が進むPFOAが過去無造作に扱われてきた実態が浮かび上がる。1976年2月に撮影された現在の三井・ケマーズフロロプロダクツ清水工場敷地内南西付近。現在はEプラントなどが建つ空き地に直径5メートル程度の穴が見える(写真中央付近)=国土地理院提供
 「Eプラント周辺 過去、廃ポリ等の捨て場所 1・3ppm」―。「含有C―8量の調査」と題した1993年10月29日付の「技術課」の内部資料によると、工場敷地南西にあるプラント周辺の土壌から、1・3ppm=1リットル当たり130万ナノグラム(環境省が定めた河川や地下水の指針値の2万6千倍)のPFOAが検出されていたことが読み取れる。「C―8」とは、社内で用いられてきたPFOAを指す隠語のようなものだ。
 ただ、「PFOAの危険性に会社は気付けなかった」との見方に対し口調を強めて反論する、内部事情に詳しい関係者もいる。その根拠の一つが、50%の出資を受けていた米デュポン社側から当時の清水工場長宛てに健康上の懸念を直接伝える手紙(81年9月15日付)があったことだ。
 手紙にはPFOAを経口摂取したネズミから先天性欠損の子供が生まれたため、米国で全ての妊婦を暴露の可能性がある仕事から外したことが記されているうえ、12検体ほどの清水工場従業員の血液をデュポン社に送るよう要請している。
 関係者は「80年代にリスクを認識しながら30年以上もPFOAを使い続けた」と切り捨てる。  Eプラントに近い工場敷地外南西の雨水幹線のマンホールからは、市が昨年行った調査で、国の指針値の500倍となる1リットル当たり2万5千ナノグラムのPFASが検出された。幹線が接続する先の市営三保雨水ポンプ場でPFAS濃度が下がらない理由とされた。
 内部資料で浮上した「廃ポリ等の捨て場所」とは何か。関係者の証言によると、Eプラントの建設される前の少なくとも1970年代後半、直径5メートル、深さ150センチほどの穴があり、製品のフッ素樹脂の規格外品や製造の過程で使用したPFOAを含む水溶液を“投棄”していたとみられる。
 内部関係者によると「廃ポリ等」とはこれらを差し、ある元従業員も取材に対し「『現ナマ』を捨てていたのだから、工場南西周辺の地下水でPFOAの濃度が高いのは当然」と証言した。現ナマとはPFOAそのもののことを指すという。
 国土地理院が公開している1976年2月3日の航空写真からもこの穴の様子がうかがえた。

「企業は一般住民の血液検査を」 京都大准教授 原田浩二氏 photo03 京都大准教授 原田浩二氏  静岡市清水区が抱える「PFAS汚染」の現状や、三井・ケマーズフロロプロダクツは今後どのように行動すべきかについて京都大の原田浩二准教授に話を聞いた。
 -清水区の現状をどうみるか。
 「PFASの摂取経路として特に大きいものは飲用水とされる。ただ、清水区の場合、工場から離れた興津川が水源のため、市の調査では国の指針値を大幅に下回っている。そうなると今注目すべきは飲用の井戸水であり、実態をさらにきちんと把握することが重要だ。また、気にかかるのは、工場からのPFOA汚染がひどかった時代に周辺の魚や野菜などを恒常的に摂取していた人がいないか。工場排水や大気由来のPFOAを含んだ食べ物を口にする機会はあったはず。地域全体でなくてもよいので、従業員やOB以外の住民にも血液検査を企業は提供するべきではないか」
 -血液から高濃度のPFASが検出された元従業員がいる。企業は何をすべきか。
 「結果を受けてどう行動するかを企業は早期に明示すべきだ。日本の法制の中で、こうしたケースで企業に元従業員らへの健康管理の義務が課されるかは正直微妙。ただ、PFASに関する市民への血液検査を巡っては、取り組みが進んでいるドイツでは検査を実施し、高い濃度であった際には、企業や行政が摂取の原因をしっかり追究し、低減させていくことや、個人からの相談の機会を準備するように勧告している。また、米国の学術団体の指針でも摂取量の低減に加えて、継続的な健康チェックを行わなくてはならない、とうたわれている。日本もこうした例を参考にすべきだ」
 ―市民的な関心が薄れている面もある。
 「米国の当局は今月、代表的なPFASであるPFOAとPFOSについて各1リットル当たり4ナノグラムとする世界的にも厳しく、強制力を伴う飲み水の全国基準を初設定した。日本国内では市民に問題状況があまり知られていないし、地域的な格差もあると感じている。また、行政などには『これ以上は悪くならない』という認識の下、『終わった問題』と捉える向きもある。しかしPFASは非常に長い時間をかけて人体に影響を及ぼす。市民皆が中長期的な視点を持つことが重要だ。また、問題を知ることを通じて、普段の生活でもPFASを使っていない『PFASフリー』のフライパンや衣料品などをチョイスできる。消費者としてこの問題に向き合うことで、社会を動かすきっかけになることもできるのでは」
 はらだ・こうじ 京都大薬学部卒。博士(社会健康医学)。環境省PFASに対する総合戦略検討専門家会議委員などを務める。2023年12月、一般市民向けにPFAS問題について書かれた編著書「これでわかるPFAS汚染~暮らしに侵入した『永遠の化学物質』」(合同出版)を出した。

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