価格転嫁できず 中小苦悩 大手に続き高水準賃上げも… 静岡県内 多重下請けで負担増

 大手に続き、中小企業でも高水準の賃上げ動向が明らかになった2024年春闘。ただ実際は物価の上昇分を価格転嫁できないまま賃上げに踏み切り、自社負担の増加に苦しむ中小が少なくない。背景の一つに挙がるのが大企業を頂点とする多重下請け構造だ。静岡県内の関係者は取引上の力関係に物を言わせた古い商慣習があるとし、「是正しなければ持続的賃上げにはならない」と指摘する。

高い賃上げ率(赤い丸)の一方、厳しい価格転嫁の実情が明らかになった2024年春闘
高い賃上げ率(赤い丸)の一方、厳しい価格転嫁の実情が明らかになった2024年春闘

 「人件費もそうなれば良かったが…」
 県中部の自動車部品メーカーで役員を務める40代の男性がつぶやいた。昨年、初めて元請け会社が納品価格に電気代高騰分を上乗せしてくれたが、人件費分は話の俎上(そじょう)に載らなかった。一方で世間の賃上げムードは無視できず、人材流出を防ぐ防衛的な賃金改善を決断。約3%のアップ分を工期短縮や省人化、役員報酬の削減といった自助努力で捻出した。
 男性によると、元請けの言うことは「絶対」。価格転嫁どころか毎年のように数千万円規模のコストダウンをほぼ要求通り受け入れてきた。抵抗すれば次の仕事で切られる恐れがあり、「人件費の話題をこちらから持ち出すことは難しい」と打ち明ける。
 同じ業界の別の中小企業で働く男性も力関係を前提とした交渉は根強いと言う。「何百万円する商品だって1円の部品も欠かせない。立場は本来対等なはずなのに」。完成車メーカーの業績が大幅に上振れした直近の決算に「うちの収支は厳しい。大企業の景気の良さはわれわれの犠牲の上に成り立っている」とやりきれなさを口にした。
 連合静岡が公表した今春闘の途中集計によると、従業員数299人以下企業の賃上げ率は07年以降で最高水準だった。一方、帝国データバンク静岡支店の2月調査で県内企業の価格転嫁率は42・4%。コスト上昇分の約6割を下請け企業などが負担している計算で、「全く価格転嫁できない」とする回答も9%あった。賃上げと負担増の板挟みにあえぐ経営者は少なくない。
 今春闘は中小の賃金改善の伸びが大手に及ばない格差も鮮明になりつつある。連合静岡の角山雅典会長は県内の大手が労働組合の要求以上の賃上げを回答した事例などを念頭に、「下請けなどとの価格転嫁も積極的に行い、サプライチェーン(供給網)全体の成長につながるような対応を検討してほしい。取引を巡るあしき文化を脱する時」と強調した。
 (経済部・河村英之)

政府 交渉時期や窓口活用指南  価格転嫁の着実な推進は賃上げの波を中小企業に広げる重要な柱の一つとして政府は今春、取り組みを強化した。
 県が静岡市内で3月に開いたセミナーに登壇した経済産業省と公正取引委員会の担当者は「人件費の上昇分は下請け企業が生産性を高めることで吸収すべき-との意識が発注者側に強い」と調査結果を基に説明。昨年11月に策定した指針を引用し、価格交渉の効果的なタイミング、値上げ要請の根拠となる資料の重要性、相談窓口の活用などを中小企業の参加者に指南した。
 今月3日には斎藤健経産相が国内大手自動車メーカーのトップらと面会し、中小企業による価格転嫁の要請に積極的に応じるよう求めた。

 <メモ>連合静岡が公表した2024年春闘に関する途中集計によると、県内205組合の定期昇給相当とベースアップを合わせた賃上げ総額は加重平均で1万4970円、賃上げ率は4.63%と、いずれも07年以降で最高となった。企業規模別では、300人以上が1万5065円(4.63%)、299人以下が1万1447円(4.44%)。

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