人生「55勝45敗なら大成功」 門井慶喜さん、静岡新聞小説「ゆうびんの父」書籍化

 静岡新聞朝刊で2023年1月から1年間連載された「ゆうびんの父」が単行本化された。著者の門井慶喜さんに作品を振り返ってもらった。

「ゆうびんの父」を執筆した門井慶喜さん
「ゆうびんの父」を執筆した門井慶喜さん
静岡新聞連載を単行本化した「ゆうびんの父」(幻冬舎)
静岡新聞連載を単行本化した「ゆうびんの父」(幻冬舎)
「ゆうびんの父」を執筆した門井慶喜さん
静岡新聞連載を単行本化した「ゆうびんの父」(幻冬舎)

 前島密を小説に書こうと思ったのは、彼の自叙伝を読んだのが始まりです。特に幼少期をとても面白く感じました。今日、「日本近代郵便の父」とたたえられる人物の生い立ちは、実は不利なものだった。幕末の生まれですが、薩長土肥ではなく、越後の、雪深い上越の、農民の出身です。しかも当時としてはとても珍しい母子家庭に育った。この人がどうやって大きな仕事をするようになったのか。そこを知りたいと思ったのが私のモチベーションでした。
 少年期から、前島密は住む場所や師匠を次々と変えています。現状に甘んじないと言えばかっこいいのですが、言葉を変えれば自分探し。ものすごく自信があり、ものすごく不安もある。それが郵便制度に出合うまでの前島密の生き方と言えるかもしれません。
 そして、前島密による郵便の制度化をどう小説にするか。そもそも小説は人間を書くためにありますから、制度を書くことが苦手です。制度というものの小説的表現は何だろうというところから取り組むしかなかった。事業を成功させるために少しずつ部下を集め、条件を少しずつクリアしていくという物語の組み立て方をしました。
 書きながら思ったのは、制度とは、実は具体的な人間の行動の積み重ねなんだな、ということ。郵便制度を作るというと途方もなく大きなことですが、そのための一つ一つの行動はわれわれにも十分に理解できるものなんですね。
 若い頃から日本中を旅して医術、航海術、英語と好奇心の赴くままに学んでいった前島密は、情熱を持ち続けた人です。人間は情熱があるからこそ焦る。一つの場所に落ち着けなかった前島密の焦りは、非常に分かりやすい情熱の発露かもしれません。前島密は成功だけを重ねたわけではない。でも彼を見ていると、人生って55勝45敗なら大成功じゃないかと感じます。
 前島密という人の格別な面白さ。連載を読んでくださった方にも、読まれなかった方にも、ぜひこの1冊を手に取っていただけたらと思います。(談)

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