静岡市の清水港海洋文化施設計画 東海大と蜜月、微妙な変化 調整難航し開業最大1年遅れ【ニュースを追う】

静岡市が清水港に建設予定の海洋文化施設の完成イメージ。大幅な工事遅れが生じている(同市提供)
 海外の国際クルーズ船が停泊する清水港・日の出地区に静岡市が2026年4月開業を目指して計画する海洋文化施設「海洋・地球総合ミュージアム」。大幅な狂いが生じ、開業は最大で1年程度遅れる見通しだ。市と二人三脚でプロジェクトを進めてきた東海大と、市が発注した業者との間で1年以上前に結ばれるはずだった業務委託契約締結作業が難航しているためだが、市と“蜜月関係”で歩みを進めてきた東海大の距離感に微妙な変化が生じている、との指摘もある。03年の静清合併後で最大とされる建設事業に何が起きているのかを追った。 
 (清水支局・坂本昌信)
静岡市と東海大、SPCの関係性(概略)
 「最初は生物展示については東海大が相当中心になるはずだった。それについては東海大はかなり引いた形になると思う」
 2月16日、静岡市役所静岡庁舎。難波喬司市長は定例記者会見で事業者グループが作る特定目的会社(SPC)「静岡海洋文化ネットワーク」と東海大の調整が難航している背景を問われ、こう答えた。
 市は東海大とこれまでに「学術コンテンツの集積等に係る協力に関する覚書」(2019年10月)、「ミュージアム整備運営事業連携協定書」(20年3月)などを相次いで締結。建物の建設などを担うSPCとの事業契約に至る23年2月までに協力関係醸成のための下準備を十分に進めてきたとされていた。

 理念は海洋保護
 もとはと言えば、この事業自体が東海大ありきで進められてきた。モデルになったのは、米カリフォルニア州で大手IT企業が創設した財団により運営され、海洋保護を最大の理念としたモントレー湾水族館研究所(MBARI)と同水族館(MBA)だ。派手なショーなどはない一方、タッチプールや教育プログラムなど海洋環境への関心を高める工夫に共感する人々が年間200万人も訪れる。
 環駿河湾の海洋保護の核となるべく進められてきた海洋文化施設計画。ここに来て大きくつまずいているのは、なぜか―。
 「(展示する魚類の飼育業務など)東海大と業務委託契約を結ぶのは確かに私たち。ただ、市が東海大を引っ張って来られないんだから仕方がない…」
 そうぼやくのはSPCに出資する事業者グループの関係者だ。市とSPCが事業契約を締結した昨年2月以降、SPCと東海大は業務委託契約締結に向け、展示魚種の選定作業を進めようとしてきた。ただ、思うように進んでいない。松谷清市議は「これまで市と東海大が段階的に結んできた協定書などの内容は『ふわふわ』していて、東海大側の具体的協力義務がうたわれていない。ほごにした際のペナルティーなども定められていない」と市の“詰めの甘さ”を指摘する。「混乱した現状はSPC側から見たら『いざ契約してみたら全く事情が異なった』と映ってもやむを得ない」と松谷市議はみる。

 ジンベイザメ
 一方、今月中旬にそろってインタビューに応じた東海大の斎藤寛海洋学部長とスルガベイカレッジ静岡の深谷浩憲部長は「われわれの立場は学術的な協力を行うということで一貫している」ときっぱりと話す。
 施設の採算に気を配るSPCとの交渉がいざ始まってみると、市との事前協議では想定していなかった、ビジネスとの両立を求められる局面も増えた。その象徴的な例が集客力はあるが駿河湾にはたまにしかいないジンベイザメの導入を巡るSPCとの話し合いの平行線だったとされる。斎藤学部長は「話し合いを重ねるにつれ、立場の違いが鮮明になった。市には調整役を期待した面が大きかったのだが」と振り返る。
 関係者からは、東海大と静岡市のトップがほぼ同じタイミングで昨春に交代したことについて「影響は大きかった」との指摘もあった。田辺信宏前市長と山田清志前学長(現理事)はあうんの呼吸で事業を強力に前進させてきた2人だ。ただ、東海大は取材に対して「この点は無関係」と否定する。

 折衷案でPFI
 建設計画に詳しい関係者の中には、事業者との契約の条件として「東海大との業務委託契約締結」をあらかじめ組み込むスキームのそもそもの複雑さを疑問視する人もいる。同じ関係者は「海洋保護という極めて重要かつ高尚な理念を本当に実現したいのなら、完全公営か完全民営を目指すべきだった。折衷案としてのPFI(民間資金活用による社会資本整備)という手法自体、中途半端だった。入り口を誤った可能性がある」と指摘した。

業務委託契約向けた二つの論点
 ①“責任”の所在 どこに ②追加費用 誰が負担
 現在、SPCと東海大は業務委託契約締結に向け、海洋研究開発機構(JAMSTEC)や産業技術総合研究所の研究者も加わり、展示魚種の選定を行う。市BX推進課によると、1~3月に分科会ごとに数回意見交換を実施。5月中に全体会議を開く。図面化や工事の着手はその先にある。
 足元で、SPCと市で続くやりとりに浮上している二つの論点がある。
 一つ目は、東海大が「かなり引いた形」(難波市長)になっていることに対する“責任”の所在だ。市はこれまで市議やメディアに対しても「東海大の責めに帰すべき事由は、全て事業者の責めに帰すべき事由とみなす」とする事業契約書第7条を挙げ、市の責任を回避してきた。一方のSPC側は入札説明書に「東海大が実施する業務に係るリスクに対し、市が責任を負うべき合理的な責任がある事項については、市がその全てまたは一部を負う」との文言を根拠に市の責任を主張。これまでは平行線が続いてきた。
 二つ目は、工事時期の狂いで生じた設計事務所や設備工事業者などの人件費増、契約後に明らかになった追加的工事費の上積みを誰が負担するか―。
 東海大の協力の幅次第では、バックヤード機能として想定していた東海大海洋科学博物館(2023年4月から有料入館終了)の水槽の利用方法が弾力的になるとの見方があるうえ、市の事前の地盤調査にもかかわらず、建物を支える杭の長さを約35メートルから約50メートルに延ばす必要が生じている。
 市は総事業費約240億円のうち、SPCと契約する41年3月までの18年間に約170億円の債務負担行為を設定する。現在、SPCとの契約期間や金額はそのまま変えず、当初3年間を見込んだ工事期間を4年間前後に延長し、当初15年間の運営期間(開館後の市民サービス提供期間)を14年間前後に圧縮する案が浮上している。
 市BX推進課によると、この方法だと手続き上は市議会への議案提出は不要で、報告だけで済む可能性があるという。ただ「同じ金額で、建設費だけが増えて『市民サービスが1年減る』ことになり、市民的議論が必須」と松谷清市議は指摘する。

周辺事業者やきもき 情報発信に課題も  海洋文化施設の完成遅れで、やきもきしているのは工事当事者だけではない。昨秋オープンの商業施設エスパルスドリームプラザ新館では、2026年4月の施設完成時期をテナント誘致に活用してきた。運営会社の大井一郎社長は「市から工事の現状に関する情報発信が薄いのが一番困る。何が原因で遅れ、解決の見込みがあるのか知りたい」などと困惑する。
 清水港客船誘致委員会長を務める天野回漕店の山田英夫社長は1月中旬、米フロリダ州で船会社にポートセールスに赴いた。その際海洋文化施設の完成時期についてPRした。随行した市職員から「遅れるかも」との話はあった。
 山田社長は「具体的に何を展示するか私自身聞かされていない」とし、「富士山が見えない寄港日は年間3割。清水港にとって魅力あるコンテンツができると信じている」とする。
 別の企業関係者は「海洋研究をてこにした清水港の活性化の核になる施設。市民への情報発信を十分しながら、早期完成を望む」などと述べた。

いい茶0
あなたの静岡新聞 アプリ
地域再生大賞