社説(5月10日)リニア中央新幹線 水と環境、保全は譲れぬ【2024選択 知事選】

 リニア中央新幹線工事に伴う南アルプスの環境保全を巡る静岡県とJR東海の協議は、県が県内工区の着工を認めない状態のまま、実に10年余りが経過し、先行きも見通せていない。
 長年の問題にどう向き合い、解決への道筋を描くのかが、知事選の大きな争点の一つになる。次の知事には、JRをはじめ、流域の市町や関係団体、国と対話し、県民が納得する形で問題を解決する調整力が問われる。科学的、工学的な観点を踏まえ、大井川の水と南アルプスの自然環境を守るという基本的な姿勢は堅持しなければならない。
 JRは3月、工事契約締結から既に6年4カ月が経過した静岡工区の大幅な遅れを理由に、2027年のリニア開業の断念を正式に表明した。

 静岡工区は着手から開業まで約10年を見込んでいて、開業時期は34年以降になる。
 このJRの表明を「一区切り」として川勝平太前知事が辞職を決断した。県のホームページに寄せた退任あいさつでは「南アルプスの自然環境と水資源を守るため、全力を傾注した」と充実感をにじませた。しかし、本人の思いはともかく、南アルプスの環境保全策をまとめ上げる役割を投げ出しての辞職は、無責任とのそしりを免れない。トンネル掘削で発生する大量の土の置き場や安全性の確保も積み残された課題だ。
 リニア工事に伴う大井川の水問題を巡る川勝氏のこれまでの取り組みには、率直に評価できる点も多い。「命の水を守る」と宣言して国土交通省やJRと渡り合い、JRの環境対策の不十分な点を次々と明らかにした。県民が水源や南アルプスの重要性を認識するきっかけにもなり、21年の前回知事選では圧倒的な支持を得て4選を果たした。
 川勝氏は工事で大井川の水量が減らないよう「トンネル湧水の全量戻し」を求め続け、JRから大井川上流の田代ダム(静岡市葵区)の取水を流出量と同じ量に抑制する提案を引き出した。流域市町もこの案を認め、徐々に協議が進み始めている。
 ただ、川勝氏は次第に要求を強め、住民の不安や、国から委託されている河川法の許可権を盾に、持論のルート変更や部分開業をJRに迫った。

 これまで川勝氏を支持してきた流域住民からも不信の声が上がるようになった。生じた関係者との溝は深い。次の知事がまず意識すべきは、流域市町や住民との信頼関係の再構築だ。
 本県のリニア問題への姿勢は県外から多くの誤解を招いてもいる。県内にリニアの新駅が整備されない中で、JRの足を引っ張り、工事を遅らせるためにごねているとの見方だ。知事の裁量を越えて隣県にも口を挟む川勝氏の言動も大きく影響した。新しい知事には、誤解を取り除き、本県の課題認識を共有してもらえるように対話する姿勢や発信力が欠かせない。
 JRは、開業の遅れに直結するのは静岡工区のみとした上で、山梨県駅など2カ所の工事でも予定していた27年を超え、31年の完了を見込むと発表した。今後、こうした工事の遅れが他の箇所で発生する可能性もある。JRから本県だけが責任を押しつけ続けられることがないよう実態を明らかにしていくべきだ。
 リニア開業に伴う本県の経済振興について議論を深めるのも重要だが、環境対策で解決の道を探ることが最優先だ。国は県内の東海道新幹線駅の停車本数が最大1・5倍になり、本県への経済波及効果が10年で約1700億円に達すると試算したが、肝心なのは事業主体のJRがどう考えるかだ。国は試算した以上、実現の担保を取るべきだ。

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