☕最高の一杯を コーヒー好き高じて独立、30年 「創作珈琲工房 くれあーる」(静岡市駿河区)【記者さんぽ|個店めぐり】

 ほんのり甘いような、香ばしい香りが漂っています。静岡市駿河区八幡の県道静岡草薙清水線(通称・南幹線)沿い、ずばり「コーヒー豆屋」と書かれた看板が前から気になっていました。「創作珈琲工房 くれあーる」を訪ねました。店内に入ると、奥から何やら「ゴー」という音が聞こえてきます。

焙煎の出来を確認する「カッピング」。厳選された豆が店頭に並びます
焙煎の出来を確認する「カッピング」。厳選された豆が店頭に並びます

 壁には一面商品棚。中南米やアフリカなど世界各地の産地国から仕入れたコーヒー豆の解説が生産者の写真と共に紹介されています。代表の内田一也さん(60)が出迎えてくれました。「ゴー」という音の正体を尋ねると、「ちょうどいま、豆を焙煎しているから」。作業を見せてもらうことができました。

  photo01 世界各地の産地国から仕入れた最高品質のコーヒー豆が並びます  

 くれあーるでは、コーヒー豆を生豆で輸入し、店内に備える焙煎機で自家焙煎して提供しています。取材時(11月末)はちょうど、週に1回程度届くという生豆が麻袋に入った状態で店内に運び込まれる最中でした。
 大学卒業後、東京の食品会社に就職した内田さんでしたが、コーヒー好きが高じて自分の店を持とうと会社を退職。学生時代を過ごした静岡で独立を目指し、1992年に静岡市内にくれあーるを出店しました。「最高の一杯を届けたい」。開店当時から変わらず熱い思いを持ち続けています。

  photo01 代表の内田一也さん。静岡で約30年、最高品質のコーヒーを提供しています  

 1990年代、全国的にも提供する店はほとんどなかったという「スペシャルティコーヒー」。静岡県内のパイオニア的存在として取り扱いを始めた内田さんは。実は業界では知られた存在です。スペシャルティコーヒーが登場したのは1980年代後半。世界的にもまだ認知度は低く、スペシャルティコーヒーを扱う大手の業者はなかったそうです。そんな中、くれあーるでは開店当初から、ブラジルスペシャルティコーヒー協会の農場の豆を販売していました。

 

 コーヒー文化の発展などに取り組む日本スペシャルティコーヒー協会によると、スペシャルティコーヒーは際立つ風味や爽やかな酸味あることや、生産国で適正な栽培管理や品質管理が行われ、欠点のある豆の混入が極めて少ないことなどが条件とされた選りすぐりの豆です。
 店内には常時、約20種類のスペシャルティコーヒーをそろえ、お客さんの味の好みを聞きながら、その人に合った豆を勧めています。内田さんにおいしいコーヒーの見分け方を聞いてみると、「冷めてもおいしいコーヒーは良いコーヒー」と教えてくれました。一般消費者の私たちでも分かりやすい判別の仕方です。私たちがよく口にするコーヒーで、冷めた際に感じる酸味や渋みは、熟しきらないうちに収穫された豆が出す「本来出てはいけない味」だそうです。確かに、話を聞きながらいただいたコーヒーは冷めても風味や甘みが最後まで感じられる一杯でした。

  photo01 販売する豆は海外の生産者から直接仕入れています  

 くれあーるでは販売する豆のほとんどを商社などを介さず、海外の生産者と直接取引を行い、仕入れています。当初は生産者との信頼関係を築くのに苦労したそうです。「世界の裏側からいきなり来た外国人を簡単に信用できますか」。確かにその通りです。「良い味を的確に評価できないと信用は得られない。こちらの力量が試されます」(内田さん)。同じ生産者でも年によって味の出来、不出来があるそうで、自ら現地に行って吟味し買い付けています。
 生産者とのやり取りの中で、内田さんが大切にしていることがあると言います。それは生産者への支援。適正価格で買い付けるのはもちろん、生産者に栽培の先進事例を紹介したり、子どもへの義務教育を促したりしているとのこと。内田さんは「良いものを作ってほしい。そのために何をしたらいいかを考える熱心な生産者を後押ししたい」と話します。

  photo01 店内ではコーヒーをおいしく飲んでもらおうと豆知識も紹介しています  

 約20年にわたって生産者と築き上げた信頼を基に仕入れたコーヒー豆は、どれも一級品。コーヒー豆の国際品評会で最も権威のある「カップオブエクセレンス」で優勝や上位入賞した豆を毎年落札し、店頭に並べています。内田さんは2007年から毎年、カップオブエクセレンスの最終選考を行う国際審査員を務めています。
 ここで、輸入した生豆が焙煎され店頭に並ぶまでの工程を簡単にご紹介しましょう。

 店に届いた生豆は焙煎機に投入。豆の香りや色、温度の変化をチェックしながら10~15分間、焙煎します。生豆は最初のうちは干し草のような香り。しばらくすると香ばしいコーヒーの香りが立ち始め、豆の色はじわじわとよく見る茶色へと変わっていきます。限られた時間の中で香りや温度を確認して豆の良さを最大限引き出す、神経を使う作業です。仕上がる直前は30秒ほどの間隔で細かく豆の変化を確認します。品種や季節によって豆の状態は異なるため、五感を使って焙煎の具合を確かめます。

  photo01 細かくチェックし、豆の良さを引き出します  

 焙煎を終えた豆は1日そのまま寝かせ、翌日、「カッピング」と呼ばれる試飲を行います。カッピングは焙煎豆が店頭に並ぶ前に受ける“テスト”のようなもの。一度に数種類の焙煎豆を用意し、それぞれの豆の良さが焙煎でしっかりと引き出されているかチェックします。
 カップにひいた豆を入れ、直接お湯を注いで4分待ちます。人肌に冷ましたコーヒーをスプーンですくうと、「ズズーッ」と勢いよくすすります。このやり方が一番、味の特徴が分かるそうです。味の判断に偏りが出ないようカッピングはなるべく従業員と数人で行い、意見を出し合います。こうして豆はお客さんの前に並びます。

  photo01 この看板がお店の目印です  

 コーヒーだけでなく、さまざまな食品、飲料が安価な値段で手軽に手に入る現代。単純に高価な豆を買えばおいしいコーヒーが飲めるのでしょうか。「確かに品質の高いコーヒーは相応の値段がします。ただ、品質と価格が見合っていない商品はたくさんあるし、好みとは違う味のものもあります」と内田さん。私(記者)もカッピングを体験しましたが、豆の種類や焙煎の違いで、爽やかな風味を感じるものから、深い味わいのものまでさまざま。10種類のカッピングをしましたが、同じ味と感じたものは一つもありませんでした。
 高価なコーヒーを買ってもそれが自分にとって「良いコーヒー」とは必ずしも言えません。それではたくさんの商品の中から良いコーヒーに出合うためには。内田さんは「消費者が賢くなること」が大切だと言います。「ブランドや広告にとらわれず、自分で情報を集めたり、店の人とよく話をしたりして好みの豆を見つけてほしい」とアドバイスしてくれました。


 ※【記者さんぽ|個店めぐり】は「あなたの静岡新聞」編集部の記者が、県内のがんばる個店、魅力的な個店を訪ねて、店主の思いを伝えます。随時掲載します。気軽に候補店の情報をお寄せください。自薦他薦を問いません。取材先選びの参考にさせていただきます。⇒投稿フォームはこちら

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