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「森の守り人」から学ぶ林業の魅力 静岡県・北遠地域

 森の中を歩く生活に喜び、山を守り地元を守る、デスクワークを辞め生活を豊かに-。静岡県の北遠地域で近年、さまざまな人たちが林業の世界に飛び込み、活躍しています。担い手から見える山の未来を紹介した全4回の連載「森の守り人 北遠 林業現場から」(水窪支局・大沢諒記者)をまとめて紹介します。

大好きな自然「自らの手で」 水窪町森林組合の永田百香さん

 日中にもかかわらず、森の中は暗い。浜松市天竜区水窪町の山中、枝を重ね合うようにして比較的若い樹齢20~30年のヒノキが生い茂り、日の光をさえぎっていた。水窪町森林組合の職員永田百香さん(29)=富士宮市出身=は2月上旬、上司2人と共に30度近い傾斜の山道を跳び歩き、一帯の森林の状態を確認した。中核業務として日々取り組む森林管理の一環。「木が密集すると日が入らず土が弱ってしまう」。全国各地で土砂崩れなどの自然災害が多発する今、危機感を募らせている。

森林管理の業務に励む永田百香さん=2月上旬、浜松市天竜区水窪町
森林管理の業務に励む永田百香さん=2月上旬、浜松市天竜区水窪町
災害多発 危機感を胸に  富士宮市内の畜産農家で大自然に囲まれて伸び伸びと育った。1次産業への就業は憧れだった。大学は教員を目指す学部を選択したが、自然を愛する気持ちは変わらず、里山サークルに入った。畑を耕したり竹を切ったりする時間を楽しんだ。友人が当然のように教員を志す中、偶然見かけた求人票で現在の職場と出合い「これだ」と思った。
 入職時、森林に関する知識はほぼ皆無だった。「逆に先入観が一切なく、すんなりと受け入れることができた」と振り返る。繰り返し山へ入るうちに、適度な伐採がされないまま荒廃が進んでいく森林の現状を目の当たりにした。こうして招かれる山の衰退は土砂災害に直結し、市街地の洪水につながるリスクがあることを実地で学んだ。
 2023年6月の豪雨時には、水窪町から約20キロ南下した同区龍山町の国道152号沿いで土砂崩れが発生した。山の表面が剝がれたかのように、斜面から大量の土砂が国道へ崩れ落ちていた。日々森と関わる中で、永田さんは人の手で森を守る大切さを強く実感している。休日も狩猟で山に入り、森の中を歩く生活を送る。「ストレスは全くない。山の環境が合っているのかな」と笑う。
 地元を離れて森に入り約7年。「山の中で体を動かすと気持ちがいい」と笑顔を見せる。学びたいことは山ほどある。温室効果ガス削減に関する国の制度「J-クレジット」や森林環境譲与税の使い道など仕事につながりそうなキーワードや話題は増えている。「勉強を重ね、仕事の幅をもっと広げていきたい」。大好きな自然、大好きな森への興味は尽きない。
 浜松市北部、静岡県内有数の木材産地である北遠地域で近年、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが新卒や転職で林業の世界に飛び込み、活躍している。現代の「森の守り人」たちの元を訪ね、担い手から見える山の未来をのぞいた。

 <メモ>浜松市の森林面積約10万ヘクタールのうち7割は北遠地域に属する。計画的な植林、森林管理などで育まれた「天竜美林」は上質な木々を産出し、林業は基幹産業として発展した。戦後は全国有数の木材産地として名を響かせたが、1960年代の木材輸入自由化などを契機に国産材の需要は低下し林業従事者も減少。北遠地域の人口減に拍車をかけた。市によると、天竜区内の北遠4地域(春野、佐久間、水窪、龍山)の人口は今年1月現在で約8300人。最も多かった50年代に比べ10分の1に減少した。

 〈2024.3.19 あなたの静岡新聞〉

緑の世界へ豊かさ求め転職 天竜T.S.ドライシステム協同組合の弓場雅己さん

 浜松市天竜区水窪町の製材工場。ヒノキやスギの爽やかな香りが広がる。職人かたぎの鋭い視線を木材に向けていたのは、弓場雅己さん(58)=同市浜名区=。身長を優に超える長さの木材を次々とフォークリフトで運び、専用の機械で表面や大きさを整える。作業を経て光沢がつき、出荷先の希望に合わせたサイズに生まれ変わる。「仕上がりの美しさには、いつも感動する」。自然に囲まれた職場で日々胸を躍らせている。

56歳で林業の世界に飛び込んだ弓場雅己さん=2月中旬、浜松市天竜区水窪町
56歳で林業の世界に飛び込んだ弓場雅己さん=2月中旬、浜松市天竜区水窪町
 弓場さんは2年前、56歳で林業の門をたたいた。市内の高校を卒業した後、機械の設計を扱う会社に入社した。デスクワークが中心で、設計図を書く日々を送った。仕事は忙しく、終業が夜の11時を過ぎることも度々あった。
 転職を決意したのは3人の娘の子育てが一段落した頃だった。体力があるうちにと思い、定年よりも前に退職。興味があった1次産業で働くことを選んだ。「生活を豊かにすることが転職の動機だった。健康に生きることを第一に考えるようになった」と振り返る。
 現在の職場である製材業「天竜T.S.ドライシステム協同組合」=同市天竜区水窪町=の求人はハローワークで見つけた。木材を自然乾燥で仕上げ、建築用の柱や構造材などに加工する。木材は県内に限らず東京、名古屋などにも出荷されていく。天竜の木が日本中で求められている―。興味が湧いた。
 40年近く屋内で働いてきたが、現在は森林と向き合い、爽やかな木の香りが広がる空間で汗を流す。弓場さんは「とてもやりがいを感じている。木をもっと知りたい」と話す。
 給与面では前職より大幅に下がったが、満足感を得られている。妻も同じ職場で働き、近くで支えてくれている。
 林野庁によると、林業従事者の平均年齢は最新の統計で52・1歳(2020年)。生涯現役の従事者もいる。50代で林業に初めて入る人も珍しくないという。
 北遠の山々には、70歳を過ぎてなお、チェンソーを使い、巨木を切り倒すベテランがいる。弓場さんは「僕よりも年上の方々がたくさんいる世界。先輩たちのような活躍を目指したい。木の種類や状態の見極めがまだまだ。もっと詳しくなって腕を磨きたい」と意欲満々だ。
 〈2024.3.20 あなたの静岡新聞〉

地元担う覚悟、芽生え大きく 佐久間森林組合の本間隆さん

 チェンソーを持つ手に汗がにじむ。浜松市天竜区佐久間町の佐久間森林組合の職員本間隆さん(20)は昨夏、初めて一人で木の切断に挑戦した。新人にとって成長を示す試練。どんな細い木であっても油断はできない。佐久間ダム周辺の現場で緊張しながら雑木と向き合った。チェンソーで切り込んだ溝にくさびを打ち込んだ。思った通りの方向に倒れ落ちた。「ほっとした。ようやく本当の一歩を踏み出せた」

さらなる活躍を目指し、チェンソーの腕を磨く本間隆さん=3月上旬、長野県天龍村
さらなる活躍を目指し、チェンソーの腕を磨く本間隆さん=3月上旬、長野県天龍村
 地元の佐久間に残って働くことを決めたのは高校2年生の時だった。同じ選択をした友人は5人ほど。1月2日に行われた「はたちの集い」で再会した同級生のほとんどは、市中心部か県外に身を移していた。
 10代の頃に一時は海上保安官を夢見ていたが、地元のために働く先輩の姿に影響を受けた。本間さんが所属していた野球部には部OBである先輩が度々練習の指導に訪れていた。
 就職先を考えた時、林業が真っ先に浮かんだ。浦川小、佐久間中の課外授業には森林組合の職員が度々訪れ、森林や林業に触れる機会があった。授業を通じて山に入り、森を人の手で管理する必要があることを理解していた。「佐久間は無数の山に囲まれている。仕事の候補としてすぐに思いついた」と振り返る。
 現在は公共事業の分野を担当し、道路や送電線などの障害となる雑木の処理に汗を流している。「佐久間の森林を守り、地域に貢献したい」と地域活性化への思いを強める日々だ。大石幸弘組合長(70)は「宝物のような存在。『チェンソーは5年やって一人前』と言われ、林業に関する技術を一通り覚えるには時間がかかる。基本を一つ一つ学んでいってほしい」と着実な成長に期待する。
 本間さんの夢は林業が再び盛んになり、佐久間に若い人が集まること。花粉量の少ない品種のスギに植え替えを進める政府の計画に関心を寄せる。「数十年後に佐久間の森林はどんな姿をしているだろう」。想像に期待を込める。
 昨年、組合主催のイベントで地元の小中学生に林業の魅力を紹介した。山へ入り、子どもたちと枝を切る体験を楽しんだ。学ぶ立場だった自分が、教える立場になった。「山を守り、地域を守っている意識がある。大切な仕事であることを子どもたちに知ってほしい」。成長株のまなざしは力強い。
 〈2024.3.21 あなたの静岡新聞〉

就業前の教育環境拡充を 識者に聞く/鵜飼一博准教授(静岡県立農林環境専門職大)

 国内の森林を守り、自然環境を維持する上で、担い手の確保と育成は最も重要な課題だ。関係者は林業の働きがいを若年層や関心のある人にどう伝え、就職とその後の定着につなげていくか模索してきた。2024年度は「森林環境税」の徴収が始まり、林業や森林行政に対する国民の関心も高まりそうだ。静岡県立農林環境専門職大(磐田市)の鵜飼一博准教授(54)=森林科学=に、担い手確保の現状や課題を聞いた。

林業のけん引役を育てる仕組みの必要性を述べる鵜飼一博准教授=磐田市の県立農林環境専門職大
林業のけん引役を育てる仕組みの必要性を述べる鵜飼一博准教授=磐田市の県立農林環境専門職大
 ―担い手確保の現状は。
 「転職組が増え、30~60代で林業に就職する層が厚くなってきた。東京など首都圏でデスクワークを続けるより仮に給料が半減したとしても林業に勤める方がストレスが少ない-などと考えられているようだ。この部分を林業の魅力として押し出すのも有効かもしれないが、転職したものの相性が合わず、辞めてしまう人も少なくない。続いても3~5年程度と定着率が低い。体力が追い付かないことを理由に辞める場合もある」
 ―人材育成に向けて必要な取り組みは。
 「林業の就業を前提にした教育機関の創設を検討すべきだ。3カ月から半年ほど学んだ後に就職する流れが理想的で、学費は国が負担する。林業へ一歩を踏み出す前に、森林管理の仕組みや林業経営の基礎知識を理解することが必要。基礎を勉強し、将来的に組織を率いるリーダーやマネジャーを目指してもらう」
 ―教育機関を設置する最大の利点は。
 「就職先とのミスマッチを防げる。林業の果たすべき役割などを正しく学ぶことで、仕事との向き合い方が定まる。『チェンソーで木を切りたい』というシンプルなきっかけから林業に入るのもいいが、仕事の幅が広がらず、低賃金のまま推移するリスクもある。事前教育を通じて、林業に関するさまざまな業務に対応できる準備をしておくことが重要」
 ―業界全体に今、求められることは。
 「経営の意識を持つことだ。林業の平均年収は全産業の平均よりも低く、賃上げの努力は欠かせない。ごく一部の限られたケースだが、手取りベースで年収600万~700万円近く稼いでいる企業も存在する。担い手確保と障害者の賃金の向上を目指した『林福連携』や、収益性の高い林産物の開発など期待できる事業はある」
 〈2024.3.22 あなたの静岡新聞〉
地域再生大賞