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役場の窓口事務が大きく変わり始めました。「書かない窓口」の進展を機に新しい公共の姿を考えてみましょう。


「お役所仕事(おやくしょしごと)」。三省堂の新明解国語辞典で用例をたぐると「かつては形式や前例にこだわった杓子(しゃくし)定規な扱いしかできない上に、能率の悪い仕事ぶりを指して、皮肉ったり非難したりするのに用いられた」とありました。

齢を重ねると年金や医療介護など、自身や親のために支援制度の利用や申告の手続きで公的機関に関わる場面が増えます。アラ還の私も同じ。加えて記者としての取材経験から実感を込めてお役所仕事を語ることができます。しかし、辞典に「かつては…」とあるように自治体の窓口事務である市民応接は変わってきました。その象徴が「書かない窓口」の進展です。

身分証を提示して目的を告げるだけ

書かない窓口は、役場を訪れた人が申請書類に記入することなく証明書の交付や転入・転出などの手続きができる住民サービスです。自治体により仕組みは異なりますが、来庁者が身分証明を提示して目的を告げると、職員が専用システムでデータを確認して必要事項を聞き取り、手続きや書類交付などの事務を進めてくれます。

最近では政令市として初の実践となる浜松市や、磐田市、袋井市、沼津市、裾野市などでの導入の動きが静岡新聞で紹介されました。スマート窓口と称する自治体もあります。浜松市の運用開始は2023年2月。区役所や協働センターなど58カ所で証明書発行など29種をスタートさせ、同年6月から異動や児童手当などの届け出手続き115種にも運用を拡充しました。市の試算では、行政手続きの所要時間や負担は約15%削減されたそうです。

多くの自治体が書かない窓口の取り組みを行政事務のDX(Digital Transformation=デジタル・トランスフォーメーション)として位置付け、単なるIT(Information Technology=情報技術)の活用にとどまらない業務の抜本的変革を掲げています。役場では歴史的に申請書類への記入や押印を求めてきたので、書かない窓口はデジタル化による大きな事業変革でありDXと称して差し支えないと感じます。

民間では必然の顧客起点のサービス

ただ、供給者側の理屈ではない顧客サービスを起点にした事業推進は民間では当たり前のこと。ようやく役所が思いを致したと言えましょう。

先日、大手生命保険会社の幹部と懇談する機会がありました。保険金の支払いは請求に応じるだけではだめで、「顧客にお支払いできる契約に漏れがないかを私たちが調べ、対応する」とのこと。この会社の事業哲学は「世間の人が喜ぶか、無くても良いと思うかを考えよ」だそうです。

最近流れた自動車共済のCMでは「交通事故は特別なことではないですが、でもその方にとっては一生に一度あるかどうか。その場面でどう寄り添えるかを考えながら対応しています」とPRしていました。また、保険契約や請求への不適切な対応が判明した損保会社は新聞に掲出した全ページ広告に「私たちは何のために存在しているのか。いま、あらためてこの問いに真摯に向き合いたいと思います」と記しました。

民間は、顧客の暮らしやコミュニティー、豊かな人生のデザインに向き合い、社業の原点に立ち返って不断に事業を改善しなければ存在そのものが危うくなる時代なのです。では、私たちの税金で仕事をする役場は何のために存在するのでしょうか。考えてみませんか。

地方自治法にヒントがあります。第1条と第2条は地方公共団体(=自治体、役場)の役割を「住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する」と定め、かつ「最少の経費で最大の効果を挙(あ)げるようにしなければならない」と規定しています。書かない窓口は優れた取り組みと評価できますが、法に従って事務を効率化させる手段であり、役場は成果を自画自賛してばかりではいけません。

「役場の存在は地域の誇り」。ですが…

浜松市の行政区再編作業が山場を迎えていたころ鈴木康友前市長にインタビューしたことがあります。住民説明会では区役所や出先機関の配置方針に関心が高いと説明してくださりました。公的施設が近くにある利便性に加え、役場の存在が地域の誇りであるとの市民感情が根底にあります。また、年配者には役場が拠点となって商店街や町のにぎわいが形成されてきた歴史への思いもあります。

一方、多くの自治体が住民票や戸籍関係の書類をコンビニで交付するサービスを始めました。マイナンバーカードの活用です。他市町でも、遅い時間帯であっても入手できる書類があります。これにより、役場を訪れる人は専門的・多面的な手続きを必要とする人が相対的に増えるでしょう。例えば、医療介護や教育、子育て相談、経営支援や助成金申請などの窓口では専門知識や経験が豊富なスタッフを充実させるなど、メリハリの利いた人員配置が求められます。酷評される「縦割り行政」「窓口のたらい回し」の排除が必須です。

さて、コンビニでの公的書類交付は官の仕事なのか民の仕事なのか、どちらでしょう。受益者の利便性を向上させる観点に立てば公共サービスの担い手は、既に官か民かの二者択一では説明できません。災害対応で「自助、共助、公助」が言われるように、民間事業者が、そして国民一人一人が公共の担い手なのです。官と民はシームレス(境目なく連続的)に連携し、「新しい公共」を共に創造していく視点と行動が必要になっているのです。


中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。

静岡新聞SBS有志による、”完全個人発信型コンテンツ”。既存の新聞・テレビ・ラジオでは報道しないネタから、偏愛する◯◯の話まで、ノンジャンルで取り上げます。読んでおくと、いつか何かの役に立つ……かも、しれません。お暇つぶしにどうぞ!

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