#暴力をなくそう 性的描写のシーン 俳優の「NO」尊重 インティマシー・コーディネーター西山ももこさんに聞く【NEXTラボ】

 世界各地に広がった「#MeToo」運動に呼応し、国内の映像業界でも性暴力被害の告発が相次ぐ中、「インティマシー・コーディネーター」と呼ばれる新たな職業が注目されている。映画やドラマで肌の露出や性的描写を伴う親密なシーンを撮影する際、制作側と俳優側の間に入り調整役を担う。国内にはまだ2人しかいないコーディネーターの1人、西山ももこさん(43)=東京都=に自身の役割や映像業界の課題について聞いた。

西山ももこさん
西山ももこさん
インティマシー・コーディネーターに関する学びをきっかけに西山さんが制作したドキュメンタリー映画「であること」より (c)EpocL
インティマシー・コーディネーターに関する学びをきっかけに西山さんが制作したドキュメンタリー映画「であること」より (c)EpocL
西山ももこさん
インティマシー・コーディネーターに関する学びをきっかけに西山さんが制作したドキュメンタリー映画「であること」より (c)EpocL


 同意、不同意 事前に調整 制作側との橋渡し
 インティマシー・コーディネーターの役割を教えてください。
 映画やドラマでインティマシー(親密な)シーンを撮影する際、監督が目指す表現を理解した上で、俳優側の「同意できる・できないこと」を確認し、精神的・身体的安全を確保するのが役割です。米国の放送局で2018年ごろに初めて導入されたと聞いています。私自身は20年7月に米国の民間資格を取得し、最初は米日合作のドラマに参加しました。その後、国内の映像業界で性暴力被害が表面化したこともあり、仕事の依頼が増えています。これまでに映画やドラマ、舞台など20本以上に関わりました。
 具体的にはどのように仕事を進めますか。
 まず、台本をもらい、ト書き(せりふ以外の部分)の内容を全て確認します。例えば「一夜を過ごす」という表現。本当に寝ただけなのか、性行為があったのか、あったのならどう描くか。監督がイメージする描写を可能な限り細かく聞き出し、俳優に伝えます。その上で、どこを見せたり、触られたりしていいのか、嫌なのか、避けたい演出はあるか-などを一つ一つ聞き、何に同意できて、できないのかを明確化させます。
 その情報を監督に伝え、俳優側の意向も踏まえた演出を一緒に再考し、最終的に決まったことを俳優側に戻します。事前に調整が済んでいれば、俳優側はもちろん、制作側も安心して撮影当日を迎えられると考えます。
 米国では、俳優の同意を確認する際、書面を作成するそうですが、日本はどうですか。
 日本にはまだガイドラインがないため、私の場合はクライアントが同意書を作成したいか希望を聞きます。ただ、日本人はサインをする文化に慣れていません。「一度、サインをしたら、もう嫌と言えない」と俳優側にプレッシャーを与えるケースもあるかもしれないので、丁寧な説明が必要です。
 仕事の難しさは。
 「同意を取る」ということは、簡単なことではありません。日本では幼少期から、協調性が大事と教えられ、「ノーと言えない空気」があると思います。その中で、「ノー」と言ってもいいし、一度、同意したとしても翻していい、ということをもっと伝えていきたい。私自身も俳優が「ノー」と言える空気を本当につくれているのか、常に考えなくてはいけません。
 撮影の現場にも立ち会うそうですね。
 現場では、俳優が事前に同意した以上のことをしていないか確認します。監督から演技の振り付けを任されることもあります。俳優自身が一からインティマシーシーンの演技を考えることは負担が大きいので、私が事前に考えておき、現場でみんなでコミュニケーションを取りながら撮影していきます。
  photo01 インティマシー・コーディネーターに関する学びをきっかけに西山さんが制作したドキュメンタリー映画「であること」より (c)EpocL
 業界全体の安全高めたい
 西山さんがインティマシー・コーディネーターになったきっかけを教えてください。
 元々は日本のテレビ番組向けに、アフリカロケのコーディネーターをしていました。10年以上、テレビ業界で働く中で「面白い作品、良い作品を撮るには(スタッフやロケ地の人の)多少の犠牲も仕方がない」といった雰囲気に疑問を感じていました。いったん、仕事を休もうと考えていた時、海外に住む友人からの誘いで、私が現在、所属する米国のIPA(インティマシー・プロフェッショナルズ・アソシエーション)の研修をオンラインで受けることになりました。
 コミュニケーションやメンタルヘルス、ハラスメント、ジェンダーに関する科目では新たな気付きを多く得られました。これまでも多様なジェンダーの人たちと出会ってきましたが、LGBTQ(性的少数者)について詳しく学んだことをきっかけに、自分自身でドキュメンタリー映画も制作しました。
 「インティマシー・コーディネーター」という言葉は22年の新語・流行語大賞の候補30語にも選ばれました。
 確かに昨年は注目されましたが、流行やブームとして終わってはいけないと思っています。何より、映像業界でインティマシーシーンだけが安全に、良くなればいいという話ではない。過重労働や賃金の未払い、ハラスメントなど課題は山積しています。また、作品自体も制作側の「無意識の思い込み」による企画や演出で、炎上するケースが多々あります。作品そのものも、その裏にあるスタッフの労働環境も全て含めて「安全な作品」を作っていかなくてはいけません。
 私自身、プロデューサー業など複数の仕事をしています。インティマシー・コーディネーターの知識やこの仕事で得たつながりを生かしながら、さまざまな立場でより良い作品を世に送り出していきたいです。

 <メモ> 美術作家らでつくる「表現の現場調査団」が、美術や演劇、映像などの創作現場で働く人たちを対象に実施した実態調査(2020年12月~21年1月)によると、回答した1449人の約8割に当たる1195人が過去10年以内に何らかのハラスメントを経験したと回答した。セクハラの経験は1161人。セクハラのうち表現の場に特有の被害として「性的な内容を含む作品を見せられた」(133人)、「制作上の理由で性被害にあった」(121人)などが報告された。

 にしやま・ももこ 16歳からアイルランドに留学し、チェコの芸術大学でダンスを学んだ。2009年からアフリカ専門のロケコーディネート会社で働き、16年よりフリーランスに。

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