推しの存在は生きる指針 心救われ、仕事も前向きに【NEXTラボ 注目トレンド】

 お気に入りのアイドルや俳優、キャラクターなどを「推し」と呼び、積極的に応援する「推し活」。国の消費者意識基本調査(2021年度)では、10代後半の4割超が「推し活にお金を使う」と回答するなど、若年層を起点に幅広い世代に広がっている。推し活の実際と、隆盛の背景を探った。

SNSを通じて親しくなった仲間を自宅に招いて談笑する堀内綾さん(右)。推しについてとことん話す=5月初旬、静岡市内
SNSを通じて親しくなった仲間を自宅に招いて談笑する堀内綾さん(右)。推しについてとことん話す=5月初旬、静岡市内
コンサート会場前で現地ファンと盛り上がる堀内さん(手前右側)。韓国の文化に習い、押しへの愛込めて作った「ソンムル」と呼ばれるプチギフトを贈り合うという=11日、アメリカ・ロサンゼルス
コンサート会場前で現地ファンと盛り上がる堀内さん(手前右側)。韓国の文化に習い、押しへの愛込めて作った「ソンムル」と呼ばれるプチギフトを贈り合うという=11日、アメリカ・ロサンゼルス
BTSファンのダンス仲間とポーズを取る堀内さん(右から3人目)。週に一度集まり、振り付けをコピーして楽しむ=14日、静岡市内
BTSファンのダンス仲間とポーズを取る堀内さん(右から3人目)。週に一度集まり、振り付けをコピーして楽しむ=14日、静岡市内
SNSを通じて親しくなった仲間を自宅に招いて談笑する堀内綾さん(右)。推しについてとことん話す=5月初旬、静岡市内
コンサート会場前で現地ファンと盛り上がる堀内さん(手前右側)。韓国の文化に習い、押しへの愛込めて作った「ソンムル」と呼ばれるプチギフトを贈り合うという=11日、アメリカ・ロサンゼルス
BTSファンのダンス仲間とポーズを取る堀内さん(右から3人目)。週に一度集まり、振り付けをコピーして楽しむ=14日、静岡市内

 「ここを真ん中にするのはあり得ないよねー」。5月の連休の最中。静岡市葵区の堀内綾さん(31)は、自宅に泊まりに来た推し活友達の天野結菜さん(26)=愛知県=と、天野さんの推しが発売したソロアルバムのフォトブックを開いていた。推しの写真が折り目で切れ、背中に入った話題のタトゥーがよく見えない。「これを見たかったのに」と笑い合った。
 堀内さんの推しは韓国のボーイズグループ「BTS」のメンバーで、作詞作曲のほとんどに関わるSUGA[シュガ]。2年ほど前、当時の職場の同僚に新曲のビデオを紹介されてグループを知った。まず一体感のある群舞に魅了され、そのうち、SUGAが別名で発表したソロ曲に触れて心を奪われた。
 「リズムやラップの迫力に圧倒されて歌詞を読み解くと、見た目の華やかさからは想像もできない壮絶な人生が歌われていた。どんな過去も直視し、悔やむ気持ちから自分を解放しようというメッセージがあった」
 当時子どもを連れて離婚したばかりで、人間関係を築く力がないと自分を責めていた堀内さんに、そのメッセージは響いた。「つらい経験にこそ向き合い、意味を捉え直して乗り越えるべきだと気付かされた。その言葉を信じて、立ち上がろうと思えた」
 人気を極めるBTSは音源や映像などのコンテンツが膨大に供給される。公式アプリを通じてバラエティー番組なども絶え間なく配信され、その一挙手一投足に触れられる。「練習の様子やオフカットまで見続けていると、人柄や考え方まで見えてきて。さらに知りたくなり、沼に落ちた」
 その後転職したのも、推しの影響が大きい。「推しに恥じないように生きたいと思い、やりたいことを見つめ直した」。今は個人事業主として、シングルマザーの収入向上を支援する企業の営業を担う。「BTSはファンの生き方や行動を変えている」。多額の寄付など、メンバーがその影響力や利益を社会に生かそうとする姿はファンを動かし、寄付の連鎖も生んでいる。
 リモートの仕事が多いことと、職場の理解もあり、5月は4日間の弾丸ツアーで米国のコンサートに遠征した。6月にはシンガポールにも行く予定だ。実母の支援と推し活仲間の「育児のサポートは任せて」という言葉に押され、子どもを預けての参加を決めた。
 天野さんとはSNSを通じてお互いの存在を認識していたが、1年ほど前に初めてリアルに会い、意気投合。休みが合えば推しについて語り明かすことを目的に、お互いを訪ね合う。
 推し活仲間は地元静岡にも多い。BTSのダンスをコピーするグループに入り、週に1度集まって踊る。そうして親しくなった仲間と一緒にコンサートに行ったり、“本人不在”の誕生日を祝ったり。チケット購入なども助け合う。
 「この年になって新しく、これほど濃い友達ができるとは」。実生活では接点がなく、同じものが好きという一点でつながった仲間。飾らず素のままでいられる関係は得がたかった。私生活でも子どもの送迎を助けてもらうほど関係は深まり、同時に、失っていた対人関係の自信も取り戻していった。
 一方で、推し活は熱意と時間やお金のせめぎ合い。写真集やグッズなど商品は数限りないが、堀内さんは自分で決めた予算をコンサートに集中して使い、CDや映像以外は基本的に買わない。「ペン(韓国語でファン)ライフバランスは重要」と自制しつつ、「推し活のためにもっと稼ぎたい」と仕事にも意欲を燃やす。

女性の分断、解消する力 田中東子/東大大学院教授
 推し活の隆盛は、男性中心だったいわゆる「オタク」と異なり、活発に活動する女性の担い手に支えられている。背景に何があるのか、東京大大学院の田中東子教授(メディア文化論)に聞いた。

photo01 田中東子 東大大学院教授
 -推し活が女性に支持されている。
 「推し活に似たファン活動は1980年代のアイドルブームの頃からあったが、主に女性アイドルを『アイドルオタク』の男性が応援する構図だった。現在の推し活は女性の存在感が増し、女性による活動の分析や批評も盛んだ。女性の経済力が向上してきたことや、何かに入れ込むオタク的活動が女性にとっても肯定的なものと認識されるようになってきたことなど、社会の変化が影響している」
 -推し活がこれほど盛んになったのはなぜか。
 「一つにはエンターテインメントの拡大がある。大手事務所のアイドルから地下アイドル、一般のインフルエンサーまでコンテンツが膨大になり、脚光を浴びるための競争率は高い。そのあまたの競争相手から、自分がこれぞと思う相手を推し上げなくては、という心理が生まれてきた。2000年代に入ってからの現象だ」
 -その他の要素は。
 「メディアの在り方の変化も大きい。かつてはマスメディアが独占的に情報を発信していたが、今ではファン同士がSNSなどで常時連携しながら、思いのままに情報を発信できる。ファン自身が宣伝を担い、デジタル配信サービスやユーチューブの再生回数を稼ぐなど影響力を発揮している」
 -そこが過去のファン活動との違いでもある。
 「推し活をする側にも、自ら宣伝しようという意思がある。画像編集などにたけた若い子たちの発信力はすごい。売り手側も、例えばアイドルのデビュー前から映像や音源を公開し、加工してSNSに投稿するように呼びかけるといった、ファン参加型のプロモーションを行っている」
 -推し活が女性や社会にもたらす影響は。
 「女性は大人になると、結婚しているかいないか、子どもがいるかいないかといった観点で分断されていくが、推し活にはその分断を壊す力がある。社会的地位がどうあれ、推しの前では平等だ。推し活は現実の関係性を組み替え、社会を変える可能性を秘めている。生きる軸を多く持てば人生は豊かになる」
 -女性アイドル文化がそう批判されてきたように、推し活は性的搾取につながらないか。
 「搾取される側の経験がある女性は、そうした問題には非常に敏感だ。推しを推すことやその方法に葛藤を抱え、自己批判しながら活動している女性は多い。推しの人権を守り、負担にならないように推すという意識は浸透してきているのではないか」

 たなか・とうこ 社会学者。2022年4月から現職。フェミニズムの観点から、メディア文化における女性たちの実践について調査研究、発信している。

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