民意の変化 JRとの信頼構築課題【静岡県知事選2024 リニアの行方㊦】

 2021年6月の前回の静岡県知事選で川勝平太知事はリニア水問題を争点化した上で、「命の水と南アルプスの自然環境を守る」と主張し、自民推薦候補に圧勝した。環境への影響を懸念する住民の共感を集め、市町別の得票率は大井川流域が上位を独占した。しかし、3年がたち、民意は川勝知事から離反の様相を呈す。
 「工事を遅らせることが目的のような言い方をしていた」。大井川土地改良区理事長の内田幸男さん(89)は、辞職表明後の川勝知事の記者会見を見てあぜんとした。大井川の水問題を巡って一歩も引かずに国やJR東海と渡り合う川勝知事を支持してきた。国の議論を経てJRの環境保全策が進んだことも評価していた。しかし、27年のリニア開業断念を自らの手柄のように誇る姿に落胆した。
 内田さんは「影響が出たときの補償など協議は詰めの段階に入っている」との認識を強め、県内での高速長尺先進ボーリングを認めない県の姿勢に疑問を感じ始めていた。「JRと信頼関係を築ける人に協議をまとめてほしい」と次の知事に思いを託す。
 元川根本町長で森林組合おおいがわ組合長の杉山嘉英さん(69)も、知事が「リニア問題解決の道筋ができた」として辞職を決断したことに違和感を覚えた。「JRと環境保全の取り組みについて合意に達することが区切りではないのか」。問題を投げ出す川勝知事に見切りを付け、次の知事の手腕に期待する。
 国専門家会議は21年12月に大井川水資源の保全に関する中間報告をまとめ、JRは22年4月に「トンネル湧水の全量戻し」を補完する田代ダム案を提案した。県内政治に詳しい河村和徳東北大准教授(政治学)は、このころから流域の民意は徐々に変化してきたと指摘する。流域市町の首長と県の意見の食い違いが目立つようになったのもその表れだとし「多くの民意は、これまでに積み上げてきた対策を実行し、その上で工事の是非を判断したいという段階に来ている」とみる。
 23年4月の静岡市長選では、リニア事業推進と科学的な議論に基づく環境問題の解決を掲げた難波喬司氏が全投票者の半数以上の得票で当選。事業反対を掲げた候補の得票は1割にとどまった。井柳美紀静岡大教授(政治学)は「リニア問題の直近の民意と言える」との見方を示し、次の知事には「関係者間の協議をまとめる調整能力があるかや、住民に対して納得感のある説明ができるか」が問われると指摘した。

記者の目=不安解消と合意に努めて
 「当該地域(南アルプス)の自然環境を保全することはわが国の環境行政の使命でもある」。環境省が「環境の日」の2014年6月5日に発表したリニア工事の環境影響評価に対する大臣意見には、守るべき自然が失われることへの強い危機感が感じられた。
 川勝平太知事は国土交通省やJR東海にこの危機感をぶつけ、JRの環境対策の不十分な点を次々と明らかにした。「リニアを早く通せ」と東京目線の世論が形成される中、本県が世界に誇る価値を決然として守ろうとしたことは大いに評価できる。県民が水源や南アルプスの重要性に目を向けるきっかけにもなった。しかし、次第に住民の不安や河川法の許可権を〝人質〟に、持論のルート変更や部分開業を迫るような強引な姿勢が目立つようになった。辞職表明後の記者会見では、事業を遅らせること自体を目的としていたともとれる主張を展開。環境保全との両立に向けて懸命に努力する関係者の思いを踏みにじった。
 大井川水資源の協議は詰めの段階で、南アルプスの議論は新たな代償措置の考え方が示されたことで解決の道筋が徐々に見えてきた。次の知事には、地元住民の不安解消に努め、大多数が納得する内容でJRと合意を図る姿勢が求められる。リニア開業に伴う本県の経済波及効果が10年で約1700億円に達する可能性を指摘する国の調査もあり、今後はこうした分野の議論も必要だ。本県にとってJRは対立する相手ではなく、ともに地域の発展を目指すパートナーだ。未来志向の関係性を築いてほしい。
 (政治部・尾原崇也)

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